ある男の野望が生み出したもの − 『原発・正力・CIA』 有馬哲夫 著

原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史 (新潮新書)

原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史 (新潮新書)

福島の原発の状況が、ずるずると実態の悪化しているように見える今日この頃。
浜岡原発がとまって、関西でも節電が話題に上り始め、そのせいか、今日乗った阪急電車の車内は暗かった・・・。

前もどっかで似たようなことを書いたかもしれないが、
怖いのは「組織的に都合の悪いことを隠してる」んじゃなくて
政府も東電も「本当に、事態が正確に把握できてない」んじゃないかということ。
いや、どっちも困るんだが。

そもそも日本に原子力発電が導入されるにあたっては、
一人の男の野望が深くかかわっていたというのが今回の本のテーマ。
はい、以前に「読みたいなあ」とつぶやいていたやつですな。

原発・正力・CIA』 有馬哲夫 著
つぶやいた頃には、アマゾンでも「お届けに2〜4週間かかります」となっていたが、今は本屋で4月30日発行の版が平積み。
まあ、タイムリーではあるからな。
基本的には、ぼちぼち開示されるようになった、CIAの文書を元にかかれた本です、はい。

正力というのは、読売新聞中興の祖、正力松太郎のこと。
1885年、富山県生まれ。東京帝大法学部卒。
警察官僚だった1923年に摂政宮暗殺未遂事件(世にいう虎ノ門事件。皇太子時代の昭和天皇に爆弾が投げつけられた)の責任をとって、辞職。
で、当時は弱小新聞だった読売新聞を買収して社長になる、と。

その後、巨人を作ってプロ野球をはじめたり、いろいろあるんだが、
そこはこの本とは関係ない。

そんな正力が日本への原子力平和利用導入を思いたったのは1954年。
当時は読売新聞社主にして、創設間もない日本テレビの社長。

実は日本テレビというのは、単なる放送局じゃなくて、マイクロ波通信網をつかって、ファクスやら警察無線やら長距離通信などを一手に握ろうと考えていたらしい。
(だから、日テレの正式社名は「日本テレビ放送網」という)
が、これがアメリカさんとの関係や、吉田茂の反対なんかもあって挫折。
その次に目をつけたのが原子力だった、というわけ。

当時は日本の電力事情がまだまだ逼迫していて、財界・産業界にとってエネルギー問題が切実な問題だったりと国内事情がある一方で、アメリカは「アトムズ・フォー・ピース」というわけで、同盟国に原子力の平和利用を推進する政策を進めてたりもした。
もちろん、その背後には「軍事利用」の都合もあったわけだが。

まだまだ、日本で原子力に目をつけている人が少ない中で、
これを推進すれば経済界をバックにつけられる。
もちろん、それは「資金源」になったりもする。
そうした力を背景に、政界に打って出て、最終的には総理大臣まで目指す、というのが正力の野望。
(この後、『原子力の平和利用推進』『保守合同の推進(当時は保守政党民主党自由党に分かれていた。55年に両者が合同して出来たのが自民党)』を公約に選挙に出馬・当選する)

一方で、丁度この頃、アメリカの水爆実験で日本の漁船「第5福竜丸」が被曝する、なんて事件もあって、
日本の反米・反核感情は最高度に盛り上がっていた。
これは、アメリカにとっては困る。
反米感情は困るし、
日本に原子力の平和利用を進めてほしいし(で、アメリカの原子炉も買ってほしいし)、
あわよくば、日本人の核エネルギーを取り除いて、いずれ日本の米軍基地にも核兵器を配備したい。

そんなこんなで「同床異夢」なCIAと正力松太郎が結びつくわけです。
CIAの文書によれば、正力は「ポダム」なんてコードネームもつけられてる。

当然、読売グループは各種報道やら、博覧会の開催で「原子力を平和に使おう」キャンペーンを繰り広げ、CIAは資金その他いろいろ援助をする。
が、正力はCIAのエージェントとして「アメリカの言いなり」だったわけではなく、むしろCIAを手玉にとって利用しようとして、最後は喧嘩別れしてしまう。
ある意味、すげぇ。
(しかし、CIAの工作というやつは、色んな所で、「結局失敗」しているような気がするな)

CIAと決別した正力は、イギリスから原子炉を輸入しようとするのだが、それが実現しようか、というところで起こったトラブルが、なんとも示唆的。

輸入する直前になって、イギリス側から「免責事項」が突きつけられるのだ。
曰く「イギリスの原子燃料を使う原子炉で事故が起こっても、イギリス政府は一切責任を取らない」
しかも、この条項には「原子力発電はまだ危険が伴う段階にあることを再認識してほしい」という一文が入っていたという。

著者によれば、正力はいくつかの点で過ちを犯していた。
・先を急ぐあまり、問題のあるイギリス製動力炉に飛びついた
・世界各国で、原子力発電に、どのような問題が起こっているのか、それに対してどのような取り組みがなされているのか、あまり関心を払わなかった。
・電力業界の利益を念頭に置き、日本の原子力行政をこの枠組みの中で行なおうとした。

う〜む。
原点からして、これかよ、という感じではある。
今も東電の賠償をめぐって、あれやこれや、もめているけれど。
いずれにしろ、日本の原子力導入は、原点からして「政治の道具」の要素が強かったということか。

なお、正力は、科学技術庁長官や原子力委員長を務め、それなりに「原子力の父」としての役割は果たすものの、総理大臣なんて野望は果たせるわけも無く、その後はメディア界に帰っていきましたとさ。

その他、当時の政界力学の話とかCIA→ディズニー→正力の話とか、いろいろあるんだが、興味がある人は、お読みくださいませ。
(当時、ディズニーは『わが友原子力』なんて啓蒙映画をつくり、それが日テレで流されたりして、浅からぬつながりがあった。その後、日テレで『ディズニーランド』という番組が放映されたり、京成電鉄の関係者がディズニーランドを呼ぶのに正力をとおしてディズニーに接触したり、いろいろあるらしい)

正力松太郎の伝記としては、佐野眞一の『巨魁伝』が無類に面白い。
あと、本書の著者には『日本テレビとCIA』なんて著作もあるみたいです。未読だが。

それにしても、なんか、後味良くないなあ。
次回はもっと明るい気分になれる本を探そう。