純粋な心について ― 『ボクは算数しか出来なかった』 小平邦彦 著
- 作者: 小平邦彦
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2002/05/16
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「フィールズ賞」というのがある。
俗に「数学のノーベル賞」といわれる学術賞で、日本人受賞者も何人かいるはずだが、
日本人として始めてこの賞を受賞したのが、この著者。
本書は、日経新聞「私の履歴書」での連載を加筆したものらしいが、
なぜか岩波現代文庫に収録。
出版界の序列やら大人の事情に思いをはせないこともないが、
まあ、そんなことは本の内容に関係ない。
著者、子供のころから算数以外のお勉強がぜんぜん出来なかったらしい。
体育の時間にかけっこをすれば、一周遅れで先頭を走り、
国語の時間は吃音なうえに声が小さいので、しょっちゅう先生に怒られる。
でも小学5年生のとき、犬が子供を産んだので、
生まれた子犬全部を全部隠すと親犬が大騒ぎするのに
6匹のうち1匹だけ隠すと平然としているのを見て「犬には数量の観念がない」ことを発見するなんて、
やっぱり、ただもんじゃない。
数学者という仕事があることもしらず、
ただ好きで数学をやっていくうちに、東大をでて数学者になっていくのだが、
そこで太平洋戦争。
海外の最新の情報も入らなくなり、
当然、食糧不足やら空襲やら、かなりの苦労をしているのだが、
そのヘンの反応が、凡人と違って、淡々としているところが面白い。
空襲の記述はこんな感じだ。
「透明な青空の一万メートル上空を編隊を成して飛ぶ、B29は美しかった。
薄暗い地下室に避難しているわれわれと同じ人間のしわざとは思えなかった。
何か宇宙人にでも攻撃されているような気がして、一向敵愾心が沸かなかった」。
当時世の中に溢れていたであろうプロパガンダの影響なんて微塵も感じられない、まっさらな感想で、そこはかとないユーモアさえ感じられる。
そう、この本、なんだか「たくまざるユーモア」というのがにじみ出でる。
フィールズ賞を受賞してアムステルダムに行き、
オランダ女王と招かれた時の記述はこんな感じ。
「映画『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンが演じた女王を想像して行ったら、本物の女王は普通の中年のご夫人であった。」
話は前後するのだが、戦後、何とはなしに書いていた論文がたまたま注目され、アメリカに招かれる。
それがこの人が世界的に活躍する端緒になるのだが、その論文についても「どういうつもりで発表のめどのない論文を一生懸命に書いたのか自分でもよく分からない」。
当時、英語の読み書きは出来ても聞く・話すは、からきしダメだったらしく
いざ渡米してみると
「英語がわからないのには困った。〈中略〉
『君の論文の英語、本当に自分で書いたのか』と聞かれて閉口した。
ワイル先生は、私が英語をしゃべれないのが面白くてたまらないらしく、
『来年になったらゼミでしゃべって貰う。アハハ…』とか言って大満悦であった。」
なにしろ
「帰りにベイトマンという若い数学者がそばに来て何か言うから、
多分町まで送ってあげる、といっているのだと思って、
朝永先生(後にノーベル賞を受賞する朝永振一郎)をさそって車に乗ると、
ベイトマンの家に連れて行かれて、二次会がはじまり夕食が出た。
これには驚いた。
『これから家へ夕食にまいりませんか』という簡単な英語がわからなかったのである」
これで天下のプリンストン高級研究所の研究員なのだから、驚くのはこっちである。
日米ともにのんきな時代だったということか。
ちょうど50年代、ある意味アメリカが一番豊かでおおらかだった時代ということもあるのだろうが。
結局、著者は複数の大学などを渡り歩きながら、17年間アメリカで過ごすことになるのだが、こんなエピソードも。
当時、プリンストン大学では主任教授の権限が強く、若手教員の給料の額を決める力があったのだが、
あるとき著者は、他の日本人研究者に
「先生、たったそれだけしかもらっていないんですか。プリンストンはひどいところですね」といわれて気づくのだ。
「どうも私はレフシェッツ教授(著者の恩師みたいな人)が引退した後、プリンストン大学の長老の教授たちに嫌われているらしい」と。
フツー、もっとさっさと気づくよねえ、そういうの(笑)
そもそも
「私は生まれつき怠けものである。
南米に住むナマケモノという動物は、木の枝にぶら下がってじっとして動かないで、
体にコケが生えて植物と区別がつかなくなるまで怠けることによって生き残ることに成功した
古代生物メガテリウムの唯一の子孫である、という話を読んで、
これこそ私の理想である! と感激したほどの怠けもの」
なんだそうで、好きな数学のことを除けば、およそ必死になるという感じが伺えず、いつも淡々としてる。
もちろん、数学についての「必死さ具合」は半端ないけど。
また、その記述をサラりと流してしまうのもこの人一流のダンディズムか。
その後東大に呼び戻されて、おりしも学園紛争華やかなころに理学部長を務めるのだが、
そこも、なんだか淡々とこなしつつ、
当時「象牙の塔に閉じこもった『専門バカ』な学者を糾弾し、大学を解放しろ」という学生たちに対し
「専門バカでないものは、ただのバカである」と言い放って平然としている。
やはりただもんじゃないね。
本書の終章は、著者の教育に対する提言が簡潔に述べられている。
昭和58年、中央教育審議会に呼ばれて、「ゆとりある教育」に対する意見を述べたとか、
「最近の大学生の学力の低下には恐るべきものがあり」なんて、今に通じる問題提起の後、こんなことを述べている。
「学力というのは自分でものを考える力を意味する。
学力、独創力を養うには初等・中等教育において基礎強化を重視し、
基礎的でない教科を大幅に削減して、
生徒がゆとりを持って自ら考える力を育てるようにすべきである。」
なるほど。それが本当にゆとりってもんだろうな。
小学校の低学年は、国語と算数だけをじっくりやればいい、という趣旨の提言も。
それも、アリって気がするなあ。
ここからさらに個人的な感想になるのだが、
どうもアタクシは「刻苦勉励、子供のころから目標をもち、計画をたててこつこつと」という人の話より、
こういう飄々とした人の話が好きだったりする。それは、多分に、自分の中に「なまけもの」の気があるから、だろう。
とはいえ、この人が「なまけもの」で許されるのも、
もって生まれた才能に加え、
その才能にかかわる部分に関しては徹底する姿勢があるからだろう。
著者のひそみにならえば
「才能も、一つのことを徹底する心意気もない怠け者は、ただの怠け者」になってしまうからな。
やっぱり、凡人は努力しよう。反省。