障害者雇用の、一つのカタチ ― 『利他のすすめ』 大山泰弘 著

利他のすすめ~チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵

利他のすすめ~チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵

日本理化学工業、と聞いてどんな会社かすぐ分かる人はあまりいないと思う。
(まあ、ありがちっちゃ、ありがちな社名であるが)

だが、
知的障害者を積極的に採用している、チョークでシェアNo1の会社」
「廃棄物だったホタテ貝殻でチョークを作っている会社」
といえば、「そういえばテレビで見たかも」という人も、案外多いかもしれない。

テレビ東京(関西圏ではテレビ大阪)あたりが好きそうな題材だ。


その社長さんが書いた本が、これ。

『利他のすすめ』 大山泰弘著(WAVE出版)


利他、というのは、いい言葉、なんだけど、なんというかビジネス書や自己啓発書業界近辺では「乱用」されているきらいが、ないではない。

中には、さんざアコギなことやオレ様主義を貫いて功なり名を遂げた「エライ人」が、晩年になって、反省したのか、金儲けや権力闘争に飽きて名誉が欲しくなったのか知らないが、この手の言葉を振り回して「最近の若いもんは」とか「このままじゃ日本はだめになる」とか言い出す例も散見される。
(誰とは言わないが)。

もちろん、そういうものとは一線も二線も画する本である。

著者の大山氏は二代目経営者。
本当は、オヤジの会社なんか継ぎたくはなかった。
だが、オヤジが病気とあっては仕方が無い。

中央大学法学部を卒業した著者は、教師になりたくて、大学の先生からも「研究者に残ってはどうか」といわれる優秀な学生だったらしい。

とはいえ、本当は東大に行きたくて、自分のなかでは、中央大学に進学したこと自体が、小さな挫折らしいが。

もっとも、1932年生まれのこの人の学生時代だから、中央大学法学部といえば、「弁護士なりたいなら東大か中央の法科」という時代。
実際、同窓生とかには、世間的な意味で「偉くなった」人もいるようだ。
そんな中で、下町のチョーク工場を継ぐ、というのは、それほど「魅力的な進路」ではないのだ。
いや、こういっては失礼なのだが、ご本人も、そう思っていたんだから、しかたがない。

そんな著者に転機がくるのが、1959年。
養護学校の先生に、知的障害者の生徒に就業体験をさせてくれるよう依頼される。
いや、そんな知恵遅れの子に働かせるなんて、ムリでしょう、と断るのだが
「あの子達はこの先、親元を離れて地方の施設に入ることになります。(中略)一度だけでも、働くということを経験させてやりたいんです」
と、そんな先生の熱意に押されて、2人のこの就業体験を2週間ほど引き受けることになる。

そして、この2人、無心でシール貼り仕事を続け、うれしそうに毎日帰っていく。
そして、もっと働きたい、と言い出す。
結局、そのまま雇うことになるのだが、著者は不思議でならない。

シール貼りなんて単調で、けっして楽しい仕事ではない。施設にいたほうが楽だろうに、なぜだろう?

法事であったお坊さんにこの話をすると、こんなことを言われたそうだ。
「人間の幸せは次の4つです。
人に愛すること、人にほめられること、人の役に立つこと、そして人から必要とされること。
(中略)障害を持つ人達が働こうとするのは、本当の幸せを求める人間の証です」

当時、おそらく知的障害者というのは、社会の厄介者として、施設などに閉じ込められていたはずである。
そのなかで、「仕事がある」ということは、非常に大きな意味があったのである。

こうして、著者は積極的に障害者を雇用する経営を実践することになる。

実際、それはけして楽なことではなかったようだ。
もちろん出来る仕事には限りがあるし、実施働いてみると、ちょっとしたことでパニックに陥る人もたくさんいる。
周りからは「障害者を安く使って儲けているんだろう」と、言われ無き中傷を受ける。
(実際、障害者を雇用すると、最低賃金の適用除外が受けられたりするのだが、日本理化学工業ではこの適用は受けておらず、障害者と健常者の給与体系は、基本的には変わらない)
障害者が多いと、どうしても社会保険からの支出が他社に比べて多くなるため、苦情を受ける。

それでも、著者と、そして、障害者を受け入れようとする社員の努力や工夫で、今では、製造ラインの7割は知的障害者が担っているという。

これは、たとえば、数字が苦手な社員に材料の配合作業を任せるため、必要な量のオモリに色をつけておいて、「この色とつりあうように、材料を計ればいいんだよ」と教える、とか、
どうしても、ちょっとしたことで会社を休んでしまう人のために「君が休んでしまうと、こうなるんだよ」と、一人足りない製造ラインに、どんどん製品が積みあがってしまって混乱する様子をやってみせる、とか、
そんな、一つひとつの工夫の、賜物なのである。

現在、同社は川崎と北海道の美唄市に工場をもつのだが、北海道に進出したのは、当時、美唄市が障害者雇用に積極的だったことが要因だそうだ。
で、たまたま北海道に工場を持っていたことが、「ホタテ貝殻入りチョーク製造」という、この会社の新たな主力製品を生み出す。
これ、産業廃棄物処理にこまった北海道庁のアイデアにのっかってうまれた商品だそうだ。
現在ではエコブームの後押しもあって、チョーク市場シェアNo1商品である。

著者は決して、大きな野望や高い志を掲げて経営をすすめてきたわけではない。
声高になにかを主張してきたわけでもない。

ちょっとした出会いや、日々の困難を乗り越えていく営みが、結果として、他にない会社を作り上げていく。
そのプロセスが、なんだかいいなあ、と思うわけです。

いや、こういう会社が「他にない」んじゃなくて、「沢山ある」ことが望ましいんだろうけれど。

なお、本書とはまったく関係の無い話なんだけど、書店で、現東京都知事による新刊、『新・堕落論―我欲と天罰』という本が並んでいるのを見つけた。
ぱらぱらと目を通す気にすらなれなかったので、何を書いてあるのかはまったく知らないが、とりあえず坂口安吾の名著のタイトルを拝借する臆面の無さに辟易したことだけは、書いておこう。