それ、いくらですか? ―『スマート・プライシング 利益を生み出す新価格戦略』 ジャグモハン・ラジュー、Z・ジョン・チャン 著

スマート・プライシング 利益を生み出す新価格戦略

スマート・プライシング 利益を生み出す新価格戦略

ゲーム機の類にあまり興味が無いアタクシにとっては、直接関係ないといえば無い話なのだが、NINTENDO 3DSが2万5千円から1万5000円になるのだそうだ。

まあ、さっさと買った人にとっては腹立たしい話だろうし、買おうかな? と思って背中を押された人もいるだろうし、「不調だからって4割値下げって、今までどんだけ、ぼったくってたねん」という感想もあろう。

サイゼリヤでミラノドリアを買うと299円。
500ミリのペットボトルでお茶を買うと2本で300円。
この値段をどうみるか?
個人的には「お茶って高いな」と思うわけだが。

果たして、物の値段って、どうやって決まるのだろう?

一番単純なのは、「かかったコスト」+「利益」という話なのだろうが、今の世の中、そうそう簡単には物事が説明できない、らしい。

ゲーム機についていえば、ハードをとにかく普及させて、ソフトをたくさん買ってほしい、というのもあるわけだし。

で、物の値段の決め方には、どんなものがあるの?
どんな戦略で値段を決めたらいいの? という話題を取り上げたのが、今回のお題、


『スマート・プライシング 利益を生み出す新価格戦略』 ジャグモハン・ラジュー、Z・ジョン・チャン  朝日新聞出版

であります。

著者の2人はペンシルヴァニア大学ウォートン校(ビジネススクール)のマーケティングの先生。
ラジュー氏はマーケティング部門長も務める人気教授、らしい。

で、本書の中では、現代のいろいろな「価格の決め方」が考察される。
ネット業界で話題の「フリー(無料)」というのもその一つ。

他にも、たとえば
「ペイ・アズ・ユー・ウィッシュ方式」
なんていうのも出てくる。
まあ字面を見れば分かるが「Pay as you wish」、つまり、お客様が好きな金額を払う、という方式である。

一瞬、「そんなので商売成り立つの?」と思ってしまうが、
本書では、英のロックバンド、レディオヘッド
アルバム『イン・レインボウズ』のダウンロード販売において、価格を顧客に決めさせたり
(販売サイトの価格欄に自分で入力するカタチだったらしい)とか、
ユタ州ソルトレークシティのワン・ワールド・カフェというレストランの“成功例”を紹介している。
ワン・ワールドカフェ、「払わない」という選択もアリらしいが、それでも、利益率が5%と、飲食業の平均レベルに達するらしい。
著者に言わせれば、この「お客が値段を決める方式」が、一見した印象ほどには非合理的ではなく機能するのは、売り手のほうは「値段を決める」という難しい作業から解放され、買い手の方は常に納得する値段でモノを買えるから、ということらしい。
ま、買い手が納得するのは当たり前だが。

まあ、これは本書に書いてあることではないのだが、レストランに関していえば、やっぱり、たとえば学生がタダで食って帰っても温かい目で見てもらえるけれど、それなりのカッコのビジネスマンや、「ええ服着てる」人達が、まさか一銭も払わないで帰るわけにいかないよね、という「世間の目」が作用しているような気がする。
これ、ある程度は雰囲気のある、それなりの料理を出す店でないと、なりたたない気がするなあ。
吉野家でこれやったら、みんなタダで牛丼くって帰りそうだ。

バンドの場合は、買うの、大半がファンだろうしな。
ずいぶん前に、ダウンタウンの松本仁志が、「お客様が自分で決めた金額を払う」形式の単独ライブを武道館でやって、たしかお客さんが一人平均5000円強、支払った、という結果になったという記憶しているが、こういうのは、案外、お客様に任せても、それなりの価格に収斂するもの、らしい。

あと
「自動値下げ方式」
なんていうのもある。

これは、米の洋服のディスカウント・ストア、シムズが取り入れている。
ここ、値札に現在の価格、最初の価格、10日ごとに3回値下げされるそれぞれの値下げ価格(つまり、10日ごとに値下げされる)が、明記されているのだ。
洋服というのは、シーズンが終わりに近づくと、だいたいバーゲンで安くなるものだが、それをあらかじめシステム化して、いつからいくら安くなるのかを明示してしまう、ということなのだ。

アタクシみたいに、ユニクロ洋服の青山を常用しているような人種には、なかなか理解しがたいのだが、
やはり流行のお洋服がお好きな方に、
「最新のを早く買いたい」「10日たって値下げされたら他の人に買われちゃうかもしれない」というプレッシャー与えるという仕組みは、
かなり購買意欲を高めるものらしい。


以上二つの例を見ても分かるとおり、価格を決めるというのは「コストがこれくらい」で「これくらい利益がほしい」という足し算ではなくて、売りたい商品の特性やらなんやらを考えて、いろんなやり方をする、つまりそこには「戦略」が必要なんですよ、ということだ。

で、戦略、ということでもう一つ、面白いトピックが取り上げられていた。
中国、である。

中国のメーカーというと「めちゃくちゃな低価格攻勢を仕掛ける」という印象が強い。
というか、印象ではなくて、実際、そうなのだ。

アメリカの経営学者達は、価格戦争というのは「最後の手段」で、場合によっては自分もめちゃくちゃになりかねない、危険な手段だという認識をもっていたらしい。
ま、日本でも、これは常識的な考え方だろう。

だが、著者によれば、中国企業ののテレビや電子レンジ市場における価格戦略は、きわめて計算しつくされたものだった、という。
詳細は省くが(興味ある人は、本読んでくださいな)、中国企業の低価格攻勢は、
中国市場では、どの程度のレベルの商品を供給すればよいのか、
どれぐらいのシェアを握り、どれぐらいの販売台数を確保すればよいか、
低価格で販売台数を増やすことで、損益分岐点がどのように動いていくか、
といったことを見据えた行動だったというのだ。

中国のテレビ市場で価格戦争が勃発したとき、日本や先進国のメーカーは様子見を決め込んだ。
「ウチは高付加価値の高級品で行きます」という態度をとったのだ。
その結果、現在中国のテレビ市場でシェアのベスト3に入る外国企業はなく、ベスト10に入っているのはパナソニックとフィリップスだけだという。
完全な「読み違い」である。

そうそう、これは、ああ、アメリカ人視点だなあ、と思ったのが、
「中国の企業幹部は一般にビジネスの舞台を『戦場』と呼ぶが、それは比喩的な表現ではない。ストラテジー(戦術)に対応する中国語『zhanlue(战略)』自体が、『戦闘計画』とか『戦闘戦略』という意味なのだ。」
という記述。

战は戦の簡体字
そう、英語のstratgyという言葉、それ自体には「戦」の要素はないのである。

とはいえ、日本人は「ビジネスの戦略」とか言う言葉は使うけど、ビジネスを本当に「戦争」とおもっているかというと、少なくとも、中国人ほどの気合はなさそうだなあ。


本書にも
「中国人は、ビジネスの競争を軍事用語で捉える傾向がある。
 ビジネスリーダーたちが太古の昔に書かれた孫子兵法書から日常的に戦略のヒントを得ている国の企業なら
、価格戦争について欧米とは異なる見方を持っていても不思議ではない」
という記述がある。

なんというか、CSRだのなんだのといっている、「先進国」の企業とは、違うのである。

・・・とまあ、ここは、本題とは違う話なのだが、でも、怖いな、中国。
いや、怖いという表現が適切かどうかは分からないが。

いずれにしろ、やはり、発想が「現代」ではないのである。
そりゃ、例の新幹線を埋めたり、ほじくり返したり、を見ても分かることだが。

そして、「孫子の兵法」かあ。読み返してみるか。

あ、本題と大分ずれましたけど、「モノの値段を決める」ことは「戦略」である、ということを、ケーススタディと共に概観するには、とりあえず面白い本、だと思いますです、はい。

ではでは。