実はあんまり自己啓発の本ってすきじゃないんだよな ― 『ポジティブ病の国、アメリカ』 バーバラ・エーレンライク 著 

ポジティブ病の国、アメリカ

ポジティブ病の国、アメリカ

ビジネス書の世界には「成功法則」だの「自己実現」だのを説く本というのが、一大勢力をなしている。
なにしろ、あれだけの本がでているということは、それだけ需要があるということだ。
みんな成功して、自己を実現したいんですね。

ふ〜む。

なるほど。

そんな、あなたに是非読ませたい一冊が、これです。

『ポジティブ病の国、アメリカ』 (バーバラ・エーレンライク著 中島由華訳)

アメリカにおける自己啓発の一形式、ポジティブシンキングを、その系譜からたどり、批判的に考察する本である。

著者は乳がんになったことで、アメリカの「ポジティブ・シンキング」の嵐に遭遇し、いろいろと調べてみる気になったらしい。

なんか、乳がんって、アメリカでは「病気をポジティブに捉え、前向きに生きましょう!」というムーブメントのターゲットになりやすい病気だそうで。
まあ、乳房の切除の問題とか、女性としての「アイデンティティ」に直結しやすいので、
病気を乗り越えるための精神的サポートが必要、ってのがあるんでしょうが。

で、ポジティブシンキングに辟易した著者が、アメリカのポジティブ・シンキングの源流、現状、問題点を考えて見ましたよ、という本。
アメリカにも、ちゃんとこういう人がいるんだ、となぜか、ほっとする。
格差社会」のルポとかでも有名な人らしい。

アメリカのポジティブシンキングってのは、やっぱり、もともとアメリカが「宗教的な違いから大陸から逃れてきた人達によって作られた国」
というところに、源流があるらしい。
で、もともとカルヴァン派の厳しい教えに対抗する形でニューソートの思想が・・・と、小難しい話の紹介はやめておきますw
興味ある方は原本にあたっていただくことにして・・・

本書によりますと、なんかね、ポジティブな気持ちを保つために
「ニュースは見ないようにしましょう。ネガティブな事件のニュースとか見ると、ポジティブな気持ちを保つのに有害です」とか
そんなことまで、いってたりするらしいっす。
アメリカのポジティブシンキングって。

この手の思想が怖いのは、本書にあるように、
アメリカで格差社会が広がるにつれて、「ポジティブシンキング産業の需要」が増えているってこと。
リストラされてもポジティブに考えましょう。
これは、あなたに与えられた試練です。
ここをポジティブに乗り越えれば、あなたはもっと成長できます。
大丈夫! ポジティブに考えれて前向きに考えれば、あなたも絶対お金持ちになります。
あなたが成功できないのは、ポジティブシンキングの実践が足りないからです。
さあ、もっと前向きに! 笑って笑って!

・・・うーん。
これって、実は「何でも個人の責任に帰する」ことで
社会の矛盾とか政治の無策から目を背けさせる恐れがあるのだ。
そして実際、リストラされる人の不安や、リストラが行われた後の
職場の混乱を沈めるために
「ポジティブシンキング」を説くことを職業にする人達が
たくさん雇われたりもしたらしい。

で、貧しい人達に「ポジティブシンキングこそ、あなたを救う!」という教えを説く
メガチャーチの牧師さんたちが、ものすごい金を稼いでいるという事実。

アメリカにおいて、「お金を貸す側」も「借りる側」も
あまりにポジティブすぎたことが、「リーマンショック」の背景にある、
という指摘も興味深かったですね。
「ネガティブ」というと言葉が悪いが
金貸しなんて「懐疑的」「批判的」に「最悪の事態を想定しなきゃいけない」職業の最たるものだと思うがな。

さらには、「ポジティブシンキング」が盛んなアメリカという国で幸福度の調査をすると、
けっして世界ランキングでは上位に来ないという現実。
まあ、みんな不幸だと思っているから、そういうものに
すがりつくってのがあるらしいです。

リストラにおびえる庶民だけじゃなくて、
アメリカの経営トップは、もの凄い金を稼ぐ一方で、
あっというまに解雇される不安を常に抱えている。
そういう人達にも、ポジティブシンキングは効果がある、と。

前向きってのは悪いことじゃないけど、
前向きに考えているだけで、全て上手くいくほど、世の中は甘くないと思うけどね。
著者も言ってるけど
健全な懐疑主義とか、批判的な精神とか、現実と向き合うとか、そういうことも必要なわけで。
そして、現実というのは、時として理不尽なもんだし。

ましてや、多くのフツーの人々が、現実の問題に目を向けないようにして、
特定の人の利益を導くための「ポジティブ」ならば、
そんなものは「クソ食らえ」である。

あと、アメリカのポジティブシンキングを提唱する人の、ポジティブが
なんっていうか「物質的豊かさ」っていうか「薄っぺらな成功」っていうか、
簡単に言うと「お金が欲しい」「出世したい」という欲望のための手段に
なりがちなのも、
なんか「それっぽい」感じがするなあ。

アタクシはクリスチャンではないが、
聞くところによると、聖書には「お金持ちが天国に行くのは、らくだが針の穴を通るより難しい」と書いてあるそうですがねえ・・・。