「儲ける」方法を追う知の格闘 ― 『経営戦略の巨人たち』 ウォルター・キーチェル三世 著

経営戦略の巨人たち―企業経営を革新した知の攻防

経営戦略の巨人たち―企業経営を革新した知の攻防

久しぶりにガッツリした本を読んだ。全451頁。

正直、まとめるとなると手ごわい本、ではある。
とりあえず、なんの本か説明するとなると簡単なのだが。

コンサルティング会社やアメリカのビジネススクールが唱導する「経営戦略」という考え方は、どのようにして生まれ、発展していったのか。
それを、ハーバードビジネススクール出版局や『フォーチューン誌』で働いた経験もつ経済ジャーナリストが、ヒューマンヒストリーやコンサルファームの発展の軌跡を交えながらまとめた通史、といえば、あらかた間違いではないだろう。

その昔、日本で一番“お勉強”ができる子たちが集まる「東京大学法学部」というところでは、大蔵省(現・財務省)というお役所への就職を目指すのが、一番のエリートコースだったそうな。
それが、いつの頃からか変わってきて、最近では「外資系戦略コンサルファーム」とかいうのが、カッコイイ就職先だったりするらしい。
具体的にはマッキンゼーボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の2社、ということになるのだろうか。

かつて、「マッキンゼー大前研一」「ボストンコンサルティング堀紘一」を「なんかアメリカかぶれの、胡散臭い評論家」と思っていた人が少なからずいたように思う。
その理由の一つは、この両社を「しらんわ。何する会社?」とか思っていたからだろう。

今でも「何する会社かよく分からない」という人は多いかもしれないが、少なくとも「なんか凄い会社」というコンセンサスは得られていると思う。
それだけ、日本でも「戦略コンサル」の権威が認められてきたということだ。

本書によれば、経営戦略という考え方のルーツは1963年、ブルース・ヘンダーソンという男がたった一人で、BCGの前身であるボストン・セーフ・デポジット・アンド・トラスト社の経営コンサルティング事業部を立ち上げたことにさかのぼる。
(そうしてみると、経営戦略論という分野が、学問的には新しいものであることに気づく)

企業の競争の力学を見つけたいという情熱につかれた彼は、求職者の信用紹介や事務用紙の購買に影響を及ぼす要因の影響といった、今では絶対にBCGが引き受けないような雑多な仕事をこなしながら、「ビジネスのアイデアを売る」という商売を形にし始める。
パースペクティブズ』という、ビジネスについての論文を掲載した小冊子の発行や、招待された経営幹部のみが参加できる「ビジネスカンファレンス」の開催は、その一端だ。

そして、BCGは、企業戦略論の世界に革命をもたらす強力なツール、「経験曲線」を編み出す。

経験曲線とはなにか。
ビジネスの用語集などを調べると、「“同一製品の累積生産量が増えるに従って、単位当たりの総コストが一定の割合で低下していく”というパターンを示す曲線」という説明がされていたりする。

なんのこっちゃ、ですね。

簡単にいうと、こういうことだ。

ある企業が、新しい製品を製造し始めたとする。
これをたくさん製造して経験を積めば積むほどほど、ノウハウが蓄積されたり、作業の手順になれたり、改善が進んだりして、製品を一個を生産するのにかかるコストは下がっていきますよ、ということを明解に示したのが「経験曲線」なのである。
(まあ、アバウトな説明だが、これで間違っていないハズ。正確に詳しく知りたい人はgoogle先生に聞いてくださいな)

こう簡単に説明してしまうと、「なにがそんなに凄いのか」「当たり前じゃね?」と感じられるかも知れない。
だが、そう思ってしまう理由の一つは、こうした考え方がすでに「常識の一部分」として僕らの思考の中に入り込んでいるからだろう。

BCGは、この経験曲線と企業の市場シェアの間には、直接的な関係があると仮定した。

今まで一番その製品を売っている企業は、それゆえに、もっともコストが低い。
コストが低いからこそ、その企業は競争力を持ち、シェアを握り続ける。

だから、この経験曲線上で他社を先行できない企業は、価格競争力以外の面で差別化を図る必要がある。
また、新製品の市場においては、企業はある程度の量を売るまでは、製品を原価に下回る価格で売ることで経験を積めば、やがてコスト競争力を身につけ、シェアを握る・・・といった「戦略的思考」が、この曲線を用いることで明解に説明できるようになったのだ。

BCGがこうした概念を生み出す以前には、企業間の競争について、あまり考察は成されていなかった。
その理由の一つに、そもそもアメリカの大企業(とくに、当時のアメリカ経済を引っ張っていた製造業)にとって「企業間の競争」というものが、それほどなかった、という理由があるようだ。

成長し続ける経済、世界中に拡大する市場。
「作れば売れる」時代には、他社がどうでるから自社がどうする・・・とか考える前に、「さっさと作って売れよ」、である。

ちなみに、この経験曲線、1960年代後半〜70年代に日米の企業を巻き込んだ「電卓戦争」(電卓市場の覇権をめぐって各社が大量生産、価格引き下げ合戦、開発競争をくりひろげ、ムリをした会社は、かなり傷ついたらしい。最後に残ったのはシャープとカシオ。)などを経て、その限界が色々と指摘されるようになる。

それはともあれ、BCGによって幕を開けた「競争戦略の時代」は、その後、紆余曲折を経ながらも着実に発展していく。

本書は、その道のりの中で、さまざまな概念やツールが生まれていく過程を、戦略コンサルティング業界の発展や、キーバーソンの動きを絡めながら、叙述していく。

いちいち紹介するとキリがなさそうなので、「こんな概念が取り上げられているよ」といったところを簡単にあげる。

・BCGが経験曲線に続いて生み出した「成長/市場シェアマトリックス
(事業分野を「問題児・花形・金のなる木・負け犬」の四つに分類するやつ、といえば、分かる人にはわかると思う)

マッキンゼーによる「計画策定の4段階」
(日本では大前研一が『企業参謀』その他の著者で広めた。それもその筈、本書によれば、大前研一マッキンゼーで「戦略」についての理解を深めるために、世界中から6名の社員を選抜して作ったスーパーチームのメンバーだった。「4段階」はその成果なのである。)

・ハーバードビジネススクール教授・マイケル・ポーターによる「ファイブ・フォース・フレームワーク」や「バリューチェーン

・ゲイリー・ハメルの「コア・コンピタンス

他にもSWOT分析とか、イノベーションのS字曲線とか、いろいろあるんだけど、まあこの辺で。
それぞれのトピックだけで、優に数冊の本を費やすに値するネタだしな。

もちろん本書には、理論そのものだけではなくて、それが生まれる背景や、コンサル会社の発展の紆余曲折も触れられて、それらはストーリーとして極めて面白い。
いまやハーバードの大スターであるマイケル・ポーターが、学内の古い勢力と戦うことで現在の状況を作り出していく道のり、なんてのは様々な世界で繰り広げられた革新の物語として、これも興味深く読める。

そうそう、ちょっと話がずれるのだが、本書の冒頭には、著者による「日本語版への序文」が納められていて、1966年にBCGの日本オフィスを開き、著書『日本の経営』を現したジェームズ・C・アベグレン(日本企業の強みは「終身雇用」「経営家族主義」「企業内労働組合」である、と力説した人。今となっては完全に過去の話だが)のエピソードや、マッキンゼーから真剣に学ぼうとする日本企業、そして日本企業から新たな戦略理論を作り出そうとする様子などに触れられている。

マッキンゼーが80年代に打ち出した「タイムベース競争」という考え方はトヨタ生産方式やホンダの生産方式の観察から生み出されたものだし、そもそも、競争戦略というときの「競争」の相手には、常に日本企業が意識されていた。


いずれにしろ、経済が成熟し、企業の競争が激化し、「株主至上主義」によって、短期に高いリターンを求める圧力が高まり続ける中で、より効果的な「経営戦略」を求める旅は続く。

そんな中で、起こったのが、“リーマンショック”であり、そこで沸き起こったのが、「世界金融システムの崩壊時、なぜ『戦略』は無力だったのか」(本書16章のタイトル)という問である。

私見では、正直いって、本書は、この問に明確に答えているとはいえない。
そして、やや「戦略業界」側に甘いようにも見える。

本書によれば、危機が起こったころ、金融業界では、戦略コンサルの声は小さくなっていたのだという。
コンサルタントが任されるのは「ずっと下の現場の仕事」になり、業界を仕切っていたのは「クオンツ」と呼ばれる、金融工学の専門家たちだったのだそうな。
その「暴走」の結果が「金融危機」というのが著者の主張のようだが、これは、その時点で、戦略コンサルが金融機関から「役立たず」と思われていたから、ってことではないのかな?
どうだろうか?

本書の結びは、いかにもジャーナリストの書いた本らしく、「これからの時代に、ますます新しい戦略論が必要とされている」ってな感じで、でもその「新しい戦略論」が、どういうものなのかは曖昧にしたままに終わる。
まあ、ここで本書に何かを期待するってのは「ないものねだり」だしな。
「新しい戦略論」が分かっているのならば、それを本にしてるはずだし、それはこの本の目的ではないわけだし。

ただ「21世紀版の戦略は、企業の行動を表す主な動詞が「競争する」ではなく、たとえば「共創する」になったとき、もっと力になれるようなものでなければならない」というあたりが、ちょっと目を引くかな?

ま、ビジネスというのはリクツじゃなくて実践なわけで、いかに精緻な理論を学んで、それを振り回しても、実践がなければ意味がない。
ただ、マッキンゼーもBCGも「競争戦略の時代」に入って、着実な成長を遂げているわけだから、実践という意味でも、確かな成果を示しているとは、言えるかもしれない。

ただ、コンサル会社の成功というのが「クライアントを成長させること」なのか「本当にクライアントを成長させたかどうかは別として、クライアントからうまくお金を巻き上げて、自らが成長すること」なのか、その辺は、少し考えてみてもいいような気がする。


・・・それにしても、あれだな。取り上げる本が難しいと、日記も難しくなるな。
「難しいことを、やさしく伝えられる人が、一番アタマの良い人である」というのは、本当だよな、と実感する。