ドーナツの真ん中にあるものはなんでしょう? − 『H.ミンツバーグ経営論』

そんなわけで、以前、『ミンツバーグ教授のマネジャーの学校』についてのエントリーで書いたことを、実行に移してみようと思ったのである。

つまり、カナダが産んだ世界的な(でも、日本では一般レベルでの知名度がいま一つの)経営学者、ミンツバーグ“について”書かれた本ではなくて、ミンツバーグ“が”書いた本を読んでみましょう、というわけだ。

H. ミンツバーグ経営論

H. ミンツバーグ経営論

前のエントリーと重複することをいえば、この人の代表的な著作には『マネジャーの仕事』『マネジャーの実像』『戦略サファリ』などがあるが、どれも厚い。
マネジャーの仕事を解明するために、自然保護区のレンジャー(これも一種のマネジャー)の仕事に何日もついて回ったりして、膨大な実証データをもとに分厚い本を書いちゃったりするのだ。

で、そんな中で、この本は、『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された論文の集成なので、まあ一本ずつ読んでいってもいいし、お手軽といえばお手軽。

・・・とはいっても、比較の問題だけど。
それぞれの文章が凝縮されている、ともいえるし。

大体、この本自体も厚い。405頁。
その中に10篇の論文と、最後に、本人へのインタビューが収められている。

論文は第I部「マネジャーの仕事」、第I部「戦略」第III部「組織」に分類され、それぞれテーマに沿った数編の論文が・・・と、こんな調子でまとめていったら、いくら書いても終わらなさそうだな、今日の日記。


とりあえず、今回は第I部「マネジャーの仕事」から、思いつくままに書いていこう。

これだけでも、182頁。
しかも内容が濃いとあっては、何某氏や何某女史が乱発するようなお手軽ベストセラーのようにはいかない。

第I部の冒頭の論文で、ミンツバーグは、「マネジメントを縛ってきた4つの言葉」を挙げる。
それは「計画し、組織し、調整し、統制する」。

これは、1916年にフランスの実業家、ファヨールが紹介した言葉として、マネジメントの世界で定着してるそうだが、「この単語から離れて実際のマネジャーの仕事を説明することが大切だ」とミンツバーグは言う。

では、マネジャーの仕事とは? 

研究の結果まとめられた、ミンツバーグの分類は次のとおりになる。
やや細かくなるけど、メモの意味も含めてあげてしまおう。
大分類で3つ、小分類で10に分かれる。

■対人関係の役割
1)看板的役割(部長は部の看板、みたいなことですな)
2)リーダー的役割(いわずもがな。統括する組織の行動を引っ張り、責任を取る)
3)リエゾン的役割(上層部や他の部署、顧客との関係を維持し、協力を進める役割)

■情報に関する役割
1)監視者(情報の流れを監視しなきゃ。その手法は結局、直接顔を突き合わせての、口頭のコミュニケーションが一番です)
2)散布者(部下にきちんと情報をいきわたらせなきゃいけない)
3)スポークスマン(対外的に情報を流すのも、マネジャーの仕事)

■意思決定に関する役割
1)企業家(担当する組織やユニットのレベルで企業家である必要がある)
2)障害排除者(部にトラブルがあったら、まず部長が動かなきゃ、だよね)
3)資源配分者(仕事も予算も割り振るのがお仕事。人事考課もこの一つか)
4)交渉者(そりゃ、部を代表して交渉するのは部長だよね)

どうでしょうか?
アメリカの経営学者の中には「ミンツバーグはどうして新しいことを一つも言わないのか」と批判する人がいる、という話が、以前に日記で取り上げた『経営戦略の巨人たち』の中にでてきたけれど、これも、新しくはない、ですかね?

本書を読んでいて感じたのだが、マネージャーが理屈どおりにじっくり計画を考えて、それを部下に指示して見守っていれば、うまくマネジメントができる・・・なんてことがあるわけがない。
世間のマネージャーってのはね、これだけいろんな分野の、大量の仕事を、細切れに、時間に追われながら、必死になってまわしてんだよ。
机上の空論で、なんかキレイごといってる経営学者ども、甘っちょろいこといってるんじゃね〜よ・・・というのが、だいたいミンツバーグ先生の基本的な主張のようである。
いや、ちょっと乱暴なまとめ方だが。

ただ、センセのすごいところは、実証的に、たとえば
「アメリカの職長56人の調査では、8時間交代の勤務時間ごとの活動が平均583を超えているが、これは48秒ごとに1つの割合である」とか
「イギリスの160人のミドル・マネジャーとトップの日誌の研究から、30分以上邪魔が入らずに彼らが仕事できたのは、2日に1回しかなかった」といった具体に、現場の事実から主張を組みあげることだ。

本書は簡潔な論文集だから、そういうことはないけれど、前掲の著書とかになると、こういった調査の結果とかフィールドワーク(指揮者の1週間についてまわる、みたいなの)の内容をキチッとつづっていたりする。
(だから著書が長くなる)。

で、そんなマネジャーが心がけるべきはなにか。

実は、センセ、
「マネジメントというのは結局、現場で試行錯誤しなければ、本当のところは学べない。学校出たての若造に、理論だけ教え込むアメリカ型MBAなんてクソ食らえ!」
な人なので、即効性のあるノウハウなんざは、教えちゃくれない。

でも、よりマネジャーの仕事を効率的にする方法というのは書かれていて、

①自分が所有する情報を分かち合う系統だったシステムを確立しなさい。
→定期的な会議でも、日誌でもいいけど、こうすることでマネジャーが過重な仕事を一人で背負いこむことが防げる。
情報を得た部下が出来ることがあれば、やってもらえばいいし。

②包括的な絵を書くべき。そのためには専門家の能力を借りるのがよい。
→マネジャーに集まってくる情報は細切れで具体的だ。それを分析し統合すべき。そのためには社内外の専門家の手をかりなさい。

③義務を利点に変え、やりたいことを義務に変えることによって、自分の時間をコントロール
なさい。(って、分かりにくいぞ、これ。翻訳のせいか?)
→やらなければならないことを「ただの義務」ではなくて、「利点」にかえなさい。
「義理」や「習慣」で顧客を訪問するんじゃなくて、情報を引き出す機会ととらえなさい。
また、たとえば「じっくり計画を練りたいけど時間がないなあ」とか考えるんじゃなくて、本当にそういう時間が必要なんだったら、それは「義務」なんだから、スケジュールに無理やり押し込みなさい・・・というようなことを言いたいらしい。

う〜ん、やっぱり「マネジャーの実像」の分析に比べると、こちらのほうは、やや弱い感じだな(笑)

他にも

マネジャーの仕事は「左脳」(論理的思考や分析的)と「右脳」(感情やひらめき)の双方が必要とされるはずなのに、今の経営学は「左脳」に偏りすぎなんじゃね?
経営の中で、分析的手法で扱うべきものと、直感の領域に残しておくものは、注意深く区別する必要があるんじゃね?

とか

ある程度の専門知識をもった集団を率いるときは、オーケストラの指揮者を参考にするといい。
指揮者に話を聞いてみると、彼らはオーケストラの全てをコントロールしているわけではない。
オーケストラのメンバーはそれぞれ、プロなのだから、ほっといてもある程度の仕事はできる。
「自分をマネジャーとは思っていない。どちらかといえば、猛獣使いに近いだろう」という指揮者の言にしたがって、「全てをコントロールできる」という呪縛から離れると、マネジャーと組織が一体となった新しいマネジメントの姿が見えてくる。

なあんていう話は面白いかな。

ああ、あと「マネージャーのマインドセット」についての考察も面白いけど、まとめにくいので省略(笑)

そして、本書第1部の最後を飾る論文のタイトルは「マネジメントに正解はない」。
こりゃまた、ミもフタもないな(笑)

ここでは、10の「考察」をあげていて、その主題は、「現在のマネジメント(に対する考え方)の誤りを正す」ということにあるのだが、その「考察1」は「組織には頂点も底辺もない」。

ピラミッド型組織という考え方への疑念である。

センセによれば、組織を構成するのは
①外延部にいて、社会とのつながりを保つ人々
②内側にいて社会の現実に疎くなった人々
③両者の間を懸命に取り持とうとする大勢のミドル・マネジャー 
なのだそうだ。

だから組織を現すには、経営陣を中心部に置き、中心を囲むドーナツ状の部分に、開発、生産、流通など、日常業務に携わる人々を配するのがいいのだ、という。
中央からは全方位が見渡せるが、最前線から遠いため、見通しは良くない・・・。

これ、現場をしらない上層部に対する皮肉であり、現場と上層部の間にたって苦労しているミドルへのエールとも取れるかもしれない。

でも実際、この「ドーナツ型で真ん中に経営陣がいる組織図」ってのは、いいかもしれないな。



そして、この論文は、以下、いろいろな考察を述べた後、次のように終わる。

「考察10:今日のマネジメントが抱える問題は、この論文の欠点に集約されている。すべてを簡潔にまとめなくてはならず、深い探求ができないまま終わる。」

なるほど(笑)
なんていうか、一種のアメリカン・ジョーク? いや、カナディアン・ジョークか。

というわけで、第I部だけでも、色々と示唆的な本ではあった。即効性はないけど。
第II部と第III部もおいおい、とりあげていきます。(多分)。

にしても、あれだな。
やっぱり、この手の翻訳本は読みにくいのぉ。
ここで「原文で読んだほうが頭に入りやすいですよ!」とかいえると、カッコイイのだが。