真面目にやれよ(笑)―『イグ・ノーベル賞』マーク・エイブラハムズ著

これ、ほしいと思った人も多いだろう。

日本のおしゃべり妨害器に「イグ・ノーベル賞」 YOMIURI ONLINE
ケンブリッジ(米マサチューセッツ州)=中島達雄】人々を笑わせ、考えさせる研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」の今年の授賞式が20日、米ハーバード大で開かれ、しゃべっている人を黙らせる装置「スピーチジャマー(おしゃべり妨害器)」を発明した産業技術総合研究所の栗原一貴研究員(34)と、科学技術振興機構の塚田浩二研究員(35)の2人が「音響学賞」に選ばれた。

リンク先の記事をみると、原理については、脳や知覚の仕組みを利用したかなりマジメな視点から考えられたもののようではある。

「授賞式で2人は、ゲストのノーベル賞受賞者に対し3メートルほどの距離から『スピーチジャマー』の効果を試す実演をしたが、スピーチを止めることができず」というのはご愛嬌だが、早く実用化してほしい。
いや、マジで。

で、この発明が受賞した「イグ・ノーベル賞」。
最近では、たびたびニュースに登場することも多いので、ご存知の方も多いことと思うが、アメリカで行われている、ノーベル賞の一種のパロディである。
毎年、ハーバード大学で授賞式が行われているので、同大学が主催していると勘違いしている人もいるが、そういうことではないらしい。
ま、かなり好意的に協力していることは確かだろうが。

この賞の創設者とされるのが、マーク・エイブラハムズという人で、この人自らが、イグノーベル賞について語っているのが、この本。

イグ・ノーベル賞 世にも奇妙な大研究に捧ぐ! (講談社+α文庫)

イグ・ノーベル賞 世にも奇妙な大研究に捧ぐ! (講談社+α文庫)

(↑上の画像や書名はamazonにリンクしています)

このエイブラハムズという人の本、以前は以下の2冊が書店に並んでいた。
イグ・ノーベル賞 大真面目で奇妙キテレツな研究に拍手! もっと!イグ・ノーベル賞
どうやら、左のほうはすでに絶版になってしまったようだ。
この2冊、両方とも持っている、このブログの中の人も、随分な変わり者かもしれないが。。

で、上記の文庫のほうは抜粋版のようだが、以下の文章は手元にあるハードカバーを元に書きますので、あしからず。

イグ・ノーベルという名前は、英語で反対語につけられる接頭辞「ig」を「ノーベル」の頭につけている、という意味と、浅ましいとか卑劣といった意味を持つ「ignoble」とをかけたネーミングだが、創設されたのは1991年。
主催は“Annals of Improbable Research"という、まあ一種のユーモア雑誌で、エイブラハムズはその編集長である。

どんな研究に対して、賞が与えられるのか?

■受賞のための公式基準
 イグ・ノーベル賞は、「人を笑わせ、そして考えさせた」研究、「真似ができない/するべきではない」業績に対して与えられる。
■受賞のための非公式基準
 イグ・ノーベル賞を受賞する業績は、目を見張るほどバカげているか、刺激的でなければいけない。

なんというか、そこはかとなくアメリカン・ジョークの香りがするが、まあそういうことらしい。

選考基準に「研究が科学的に正しいと認められうるかどうか」は入っておらず、これまでの受賞内容をみると、「ユーモア」と「皮肉」が入り混じった独自の基準で選考されている。
この辺の感覚が、正直、日米で文化的な違いがあるようで、必ずしも「面白い」物ばかりではないのだが、ただ、主催者たちが「真剣に遊んでいる」感覚はすごく好感が持てる。


日本でこの賞がニュースになるときは「発明」「発見」という文脈で取り上げられることがもっぱらだが、たとえば過去には、こんな“業績”も受賞していたりする。

シンガポール首相、リー・クアン・ユーに、イグ・ノーベル心理学賞を授与する。受賞理由は、シンガポールの400万人の国民が、ツバを吐くこと、ガムを噛むこと、ハトに餌をやることを禁じ、違反した場合は罰則を課すことで、心理学上の「負の強化」(禁止実験)を30年間にわたり実践し、その効果を研究したことである。

広島原爆投下50周年を記念誌、太平洋で核実験を強行したフランス大統領、ジャック・シラクに、イグ・ノーベル平和賞を授与する。

こういった政治的メッセージを発することは、最近は少ないようですが。

まあ、でもやっぱり、この賞の醍醐味は、マジメだかふざけているんだか良くわからないような科学的研究にあろう。
以下、タイトルだけいくつかあげるので、内容をご想像いただきたい。

・恋愛と強迫神経症は生化学的に区別できないことの発見
・ビール、ニンニク、サワークリームがヒルの食欲に及ぼす研究
・腸内ガス瞬間脱臭フィルターつきパンツの発明
アポストロフィーの誤用を憂い、正しい使い方を啓蒙する「アポストロフィー保護協会」の活動
(英語圏でも、アポストロフィーの使い方が良くわかっていない人は山ほどいるらしい)
・人間の性行為中の体の変化を、初めてMRI断層撮影した業績
・ダッチワイフを介在した淋病の伝染についての研究
・思春期における「鼻クソをほじる行動」の研究

・・・すいません、ちょっと選択の仕方がかたよってますかね。。。でも、多いんだ、“シモ”なやつ。アメリカ人、こういうの妙に喜ぶところあるしな。。。

日本でイグ・ノーベル賞が多少有名になったのは犬語翻訳機「バウリンガル」や、「たまごっち」(なつかしい!)あたりが、受賞したころからだろうが、実は日本人の受賞者は結構多い。
「カラオケ」とか「兼六園銅像にハトが寄り付かない理由についての研究(金沢大学の広瀬幸雄教授)」(砒素が含まれているため、ハトが寄り付かないことが科学的に証明されたらしい)とか、「ハトにピカソとモネの絵が識別できるよう訓練した研究チーム(慶応大学の研究チーム)」とか、実に多彩な研究が受賞しているのである。

こういった研究がなんの役に立つかといえば、「バウリンガル」や「たまごっち」「カラオケ」は実際にかなりの経済的効果を生み出したわけだし、ハトを寄せ付けない、というのも、なにか応用範囲はありそうな気はする。
ハトの研究だって、鳥の能力を見極めるという意味で、かなりマジメな研究だったのだろう。

こういった研究は、「メインストリーム」にはなりえないのだろうけれど、もしかして、ひょっとすると、クリステンセンいうところのイノベーションにおける「破壊的技術」を秘めているのかもしれない・・・というとちょっと大げさだが。

まあ、あれだ。
「勉強」はつまらないけど「学問」とか「研究」というのは、たぶんそれなりに楽しいものであって、それは、知らないことを知ること、とくに、そこに「意外性」が含まれているとき、人はワケもなくわくわくしちゃったりするものであると、そういうことを言いたいんだろうなあ、この賞をやっている人たちは・・・なあんて思ったりするわけです。
そして、このブログの中の人はなぜか、故・赤塚不二雄先生の「マジメにやれよ!遊んでんだから!」という言葉を、思い出したのでありました。