アベノミクスで給料はあがるのか ― 『日本人はなぜ貧乏になったか?』村上尚己著

日経のサイトによれば、先週金曜日の日経平均株価終値は1万1,153円16銭、NY外為市場の円ドル相場は1ドル=92円65〜75銭で取引を終えたのだそうな。
さらに調べてみると、昨年12月14日、すなわち、例の総選挙直前の数値をみると、日経平均終値が9,737円56銭、円ドル相場は83円47銭というから、とりあえず、安倍政権が動き出し、「アベノミクス」のおかげで、日本の経済は少しでも望ましいほうに動き始めた・・・と、いろんな人が思っているらしい。

いや、実際に動き出しているのかはよく分らない。っていうか、これらの数値はあくまでも「期待値」だろう。
まだ「こういうことやりまっせ」といって少しずつ動き始めただけの段階で、たとえば「実際、経済がこれだけ成長しましたぜ」なんて数字はそんな出てきちゃいないわけだし。

経済評論家(?)の某M永卓郎氏が、某サイトで

野田佳彦前総理が解散を決めて、安倍総理の誕生が確実になってからたった2カ月で、対ドル為替は10円円安になり、日経平均株価は2000円以上値上がりした。アベノミクスが正しいことの何よりの証明だ。

と書いていたけれど、こういうのを「早計」というんじゃないかと思う。
せいぜい、「アベノミクスには期待できると多くの人が考えていることの証明」ぐらいじゃないのだろうか。
・・・って某サイトといいながら、リンク張ってしまうが(笑)
アベノミクス成功のため日銀をリフレ派で固めよ WEB論座

アベノミクス」というのは、「大胆な金融政策・機動的な財政政策・民間投資」の三本の矢( © 毛利元就)からなるのだそうで、このうち「大胆な金融政策」というのはつまり、リフレ政策(リフレーション=通貨再膨張 デフレ脱却のために金融政策で意図的にインフレ起こしましょうという政策)ということになる。

で、そんな「リフレ派」の立場から、簡潔に論点をまとめたのがこの本。

日本人はなぜ貧乏になったか?

日本人はなぜ貧乏になったか?

(↑上の画像や写真はamazonにリンクしています)

いま、手元にある本書の帯には「『アベノミクス』で10年後の給料が、1.4倍になる!!」「日本人を貧乏にする『21のウソ』を見抜け」などと、なかなかに勇ましいことが書いてある。
そして、内容としては、著者が言うところの21の「通説」を順番に取り上げ、それに対する「真相」を解説していくわけだが、それはたとえば、こんな感じだ。

通説1 景気の良し悪しと個人の給料は、別次元の話
→真相 否。日本人の給料は、日本の景気と一緒に下がっている。

通説2 かつての「がんばり」を忘れたから、日本人は没落した
→真相 否。「努力神話」を捨てなければ景気は回復しない。

通説5 人口が減少する日本が成長できないのは、構造的な宿命だ
→真相 否。日本経済には成長できる自力が十分にある。

通説9 日本のデフレは、安価な中国製品が流入したせいだ。
→真相 否。それならアメリカや韓国はなぜデフレではないのか。

通説11 日銀の金融政策では、物価を動かすことなどできない
→真相 否。過去の金融緩和では日銀がいつもブレーキを踏んできた。

通説15 日本は大規模な金融緩和をしたが、ほとんど効果がなかった
→真相 否。緩和の金額が決定的に足りない。アメリカを見よ。

とまあ、こういった具合で、よくマスコミなどで議論される論点をいろいろと取り上げ、数値データや経済理論の解説を加えながら「通説」を否定していく、というのが本書のスタイルである。
個別の解説は省略するが、全体として、決して経済学の専門書というわけではなく、一般向けに分りやすく書かれているので、とりあえず、「リフレ派」と呼ばれる人たちの主張を概観するには、よいのじゃないかと感じた。
そして、なにより「とにかくこれまでの日銀の政策がダメダメだ!」というのが著者の主張のようである。
その当否を判断できるほど、このブログの中の人には経済学の専門知識がないけれど、実証的なデータと、理論的説明を読んでいると、説得される気になってくる。
と同時に、「仮にその通りだとしたら、なんでそこまで日銀ダメなんですかね?」という疑問も沸くわけだが。

失われた20年の発端であるバブルの崩壊は、当時の高騰する土地価格を抑えるために、政策的に金融を引き締めたところから始まる。
で、本書によれば、そのフォローに失敗して以降、日銀は連敗続きのようである。

一方で、アメリカでは日本のバブル崩壊を研究したバーナンキFRB議長の手によって、リーマンショック後の危機をうまく乗り切った実績もある。
いまこそ日本もアベノミクス=そういう政策を取るべきである! と、やや乱暴なまとめ方だが、著者の考えはそういうことだろう。

取り上げられる通説の中には、こんなものもある。
通説8 日本のデフレ、原因は現役世代の人口減少
→ 否。生産年齢の人口減少とデフレの同時発生は、唯一日本だけ。

お気づきの方もいるかもしれないが、これ、ベストセラーになった藻谷浩介氏の著書『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)』への反論である。

藻谷説を一言で言えば、「日本のデフレは、現役世代(専門的な言葉で言えば生産年齢人口)の減少によってもたらされている」という説である。
 しかし、生産年齢人口が減少するとデフレが起こるという説は、果たして正しい見立てなのだろうか? 僕はそうは考えていない。
 なぜなら、実は、世界には生産年齢人口が減っている国が日本以外にも数多くあるが、その中で、デフレに陥ってしまっている国は、日本以外に一つもないからである。

本書の中には、世界銀行の2000〜2010年のデータを元に、生産年齢人口減少率が高い国と、そのインフレ率が表でまとめられている。
生産年齢人口の減少率はトップがブルガリアと日本の-7%で、以下ウクライナラトビア、ドイツ、ルーマニアリトアニアハンガリーエストニアセルビアと続く。

たしかに、このなかでデフレの国はなく、セルビアなんかはインフレ率が24.3%だったりする。
そうなると、確かに、藻谷説は、ちと怪しい、ということになるだろう。

ただ、「複合要因」の一つなのではないのかなあ?という気はしないでもない。
日本のように国家の規模が比較的大きめで、一つの国家の独自の市場を形成しうる国と、他国と国境でつながって互いに密接な経済交流がありそうな国々だと、「単一の国のなかでの生産年齢人口減少が与える影響」もまた、話が違ってくるんじゃないか、という気もするし。
そう、なんとなく、この本、日本市場を凄く「単一」に見すぎていて、海外との相互の関係性が(外国為替という視点を除くと)、やや希薄なんじゃないかな?という印象を持った。

金融理論のテクニカルなところを少し離れたところで、論点として興味深いのは、次の通説と反論だろうか
通説19 『右肩上がりの日本』は幻想。低成長の成熟社会を目指せ。
→反論 「脱成長」の先に待っているのは、残酷な世界

とくに3.11以降、経済成長を追い求めるのではなく、低成長ないし脱成長し、皆が幸せに暮らせる社会を目指そう、という主張がよく聞かれるようになったが、著者は真っ向からこれに反対する。

たとえば、仮に「脱成長」が実際に達成されてしまった場合、日本にはどのような未来が待っているのか? 本当に競争のない、皆が温かく分かち合う社会が待っているのか? 本当に残念ながら、そんなことは一切ないというのが現実なのだ。
それはなぜか? 「脱成長」とは、「経済成長を止めること」「ゼロ成長・マイナス成長を続けること」であり、いままさに日本が陥っているこの「不況をさらに加速させること」だからだ。<中略>
その未来にあるのは、「不況が進展し、企業はさらなる価格引下げ競争を強いられ、そして多くの国民は、減り続ける職を求めて、他を蹴落とす悲惨な社会」である。<中略>
だから、「競争をやめて、皆が分かち合う温かい社会」を希求する人は、社会全体が成長を止めることを決して放置してはいけないのだ。「脱成長」の先にあるものは、「凄惨な奪い合い社会」でしかないのだから。

あとがきによれば、著者は、丁度バブルが崩壊するころに社会に出たエコノミストで、「失われた20年」の被害にあったのは、著者から以降の若い世代である、という思いを強く持っているようである。

日本銀行の「政策判断ミス」が繰り返され、デフレが続き、日本人の給料が下がり生活が貧しくなる一方であることは、本書で説明したとおりだ。
そして、この「貧困化」の被害に最もあっているのは<中略>若い世代なのだ。デフレが長引き、豊かな生活を送ることができる職場がなかなか提供されない。普通の会社に勤めるだけでは給料はほとんど上がらず、生活に豊かさを感じることができない20〜30年代の若年世代なのである。

そうした状況をなんとかしたい、という著者の熱意が強く伝わる本ではあった。

で、どうしても物事を斜めに見てしまいがちなこのブログの中の人としては、著者とは足元にも及ばない経済/金融の知識しかない立場から、勝手なことを言わせてもらえば、なんというか「きれいに説明されすぎている」という感が拭えない。
「デフレの原因は日銀の政策が間違っているからである! 政策を変えれば、解決する!」という言い切りを、鮮やかにデータと共に見せ付けられると、もうちょっと、経済って「予想通りに不合理」( © ダン・アリエリー)なんじゃないか、という気もしてくるし。

とはいえ、もちろん、それで成功してくれるのなら、本当に有難いことだと思うわけではあるけれども。