大英帝国とグローバル企業と“抜け穴”について ― 『タックス・ヘイブン ― 逃げていく税金』志賀櫻著

なんだか、三題噺のようなタイトルになってしまったが、今回のお題はこの本。
どちらかというと、全体を紹介するというより、最近ちょっと個人的に気になったトピックを中心にまとめていこうと思う。

あまり詳しくここに書くわけにはいかないのだが、このブログの中の人は、仕事でFACEBOOKの広告をほんの少しばかり扱っている。
広告出稿用にアカウントを登録して、クレジットカードかPayPalアカウントで支払いをすると、請求書がネットにアップされるのだが、これが「Facebook Ireland Limited」の名義となっている。

もちろんFacebookはアメリカの会社。
なぜ請求書がアイルランド法人から? という疑問が湧いてくるわけだが、実は、アイルランドというのは、いわゆるグローバル企業にとって、おなじみの国のようで、ちょっと検索すると、こんな記事がヒットしたりする。

報告書によると、アップルは、2009年から12年に740億ドル(約7兆5000億円)の利益を米国から海外に移転した。そのうち440億ドル分(約4兆5000億円)について課税を逃れたとし、「アイルランドを実質的なタックスヘイブン租税回避地)として活用している」と批判した。

「米アップル、巨額課税逃れ…『住所ない』手法で」
(2013年5月22日01時08分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20130521-OYT1T01021.htm

ちと前の記事だが、その「手口」については、こんな解説がでていた。

タックスヘイブンを上手く利用することでグーグルは大幅な節税に成功している。アイルランドに二つの会社を持つ節税策を「ダブルアイリッシュ」、途中にオランダを経由させることを「ダッチサンドイッチ」と呼ぶ。

「グーグルの節税策 ダブルアイリッシュ、ダッチ・サンドウィッチとは?」 
(2013年1月23日 11時24分 大元 隆志)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/ohmototakashi/20130123-00023185/

上記の記事にFACEBOOK社は登場していないが、まあ、似ていることをやっているのだろうな。

イギリスのキャメロン首相は、アメリカのグローバル企業が税金を払わないことにえらくご立腹のようである。

節税に熱心な米企業が低税率国を活用して海外拠点での納税を抑える手法が論議を呼んでいる。法人税率が高く“狙い撃ち”されている英国は、米側に憂慮を表明。緊縮財政を強いられる他の欧州各国も不満を募らせており、欧米間の火種となりつつある。

 「私はビジネスを尊重する政治家だが、両国の経済を開かれたものにするためにも、すべての企業にきちんと納税させるべきだ」

 13日にホワイトハウスで行われた米英首脳会談後の記者会見。キャメロン英首相は米企業の租税回避に不快感を示し、「この悩みの種に取り組むことで大統領と合意した」と強調したが、対照的にオバマ大統領は直接の言及を避けた。
「スタバ、グーグル…米企業の租税回避が論議、怒る英首相、欧米間の火種に」
(2013.5.14 19:33 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130514/amr13051419390013-n1.htm

こうしたキャメロン首相の怒りに呼応して、ロンドンでは市民によるデモなどもあったらしい。

まあ、その怒りはもっともでタックス・ヘイブン(ちなみに、この「ヘイブン」を「天国」と勘違いしている人が多く、このブログの中の人も勝手にそう思っていたが、これは間違い。haven=避難港 もともとは嵐のときに避難する港の意味)を利用して納税額を圧縮するなどという芸当は、なかなか庶民にできるものではない。

そして、タックス・ヘイブンのせいで税収が減った国家がどうするかといえば・・・まあ「取れるところから取る」ということになるのだろう。
そのとき狙い撃ちにされるのは中間層以下の庶民というのが、まあ、通り相場というヤツである。

タックス・ヘイブン、というと、カリブ海などにある産業のない島が、税率を極度に下げることで海外企業を誘致し、生き残りを図る・・・といったイメージを持っている人が多いのではないだろうか?
企業誘致といっても、名目上の本社がおかれているだけで、いわゆる「ペーパーカンパニー」がビルに何十社も入っていて・・・。

実際、そういうタックス・ヘイブンも存在するのだが、それだけのイメージで考えていると、ことの本質を見誤る。
(そもそも、冒頭出てきた「アイルランド」は、そういったタックス・ヘイブンとは大分異なった存在である)。
それを、分かりやすく解説してくれるのが、今回とりあげた、この本、というわけである。

そもそも、本書によれば、現在のタックス・ヘイブンの問題点は「極端に税率が低い」ことにあるわけではない。

OECD租税委員会が1998年に公表した「有害な税の競争」報告書が示したタックス・ヘイブンの基準は、以下の4つだった。

1.まったく税を課さないか、名目的な税を課すだけであること
2.情報交換を妨害する法制があること
3.透明性が欠如すること
4.企業などの実質的活動が行われていることを要求しないこと

その後、判断基準の見直しがすすめられていった結果、現在はどうなっているか。

興味深いことに、最後にたどり着いた判断基準では、?と?の基準だけが重視されており、?と?の基準はほとんど無視されている。<中略>
OECE租税委員会は、タックス・ヘイブンの真の問題は、租税や金融取引
に関する情報が何もでてこないという、その不透明性、閉鎖性にあると指摘したのである。

そう、単に税金が低いことではなく、タックス・ヘイブンに一度入ったが最後、そのお金が闇に消え、マネー・ロンダリングに利用されたり、テロ資金の隠し場所になったりという側面こそが、問題なのである。

そして、著者はロンドンの金融センターである「シティ」が、ある意味で「最大のタックス・ヘイブン」であると指摘する。

シティには「オフショア」の金融市場が設置されている。
オフショアとは、外外取引(シティであればイギリス以外の国同士の取引)を行う市場のことであり、イギリスではこうした市場の規制が極めてゆるい。
そして、その背後には「王室属領」といわれるタックス・ヘイブンを抱えている。マン島ジャージー島、ガ−ンジー島といった島々は、王室の直接の領土であり、いわゆる「イギリス政府」の領土ではない。
そして、独自の法律、税制を持っているのである。
さらに、英領ケイマン諸島やバージン諸島といったタックス・ヘイブンも抱えている。

シティは、こうした構造の上で、世界の金融センターとしての地位を確保している。
つまり、シティに集まったマネーが規制のゆるい市場で取引され、そして、タックス・ヘイブンに吸い込まれていく構造こそが、金融立国としてのイギリスを支えているのであることは、想像に難くない。

実際、国益のために自国のタックス・ヘイブンを守ろうとするイギリスのエピソードは、本書にいくつも登場する。

これは筆者の経験にもとづく皮膚感触だが、BIV(ブリティッシュ・バージン・アイランド)の背後にはMI6(英国情報部)がいるように思われる。一九九九年、マネー・ロンダリングを取り締まる国際会議のファイナンシャル・アクション・タスクフォース(FATF)において、英国大蔵省がBVIを擁護しようとする態度が気模様であって、どうにも合理的説明がつかないのに、ブラックリストから落とされてしまった。

ファイナンシャル・アクション・タスク・フォース(FATF)の会議では、旧宗主国が植民地であるタックス・ヘイブンの擁護に回ることがある。英国の大蔵省などはその点において露骨である。あるときなど、英大蔵省は、バハマの擁護にまわるあまり、常識にも悖る発言があった。筆者は会議の席上でそれを厳しく批判した。

英国はなぜそこまでムキになるのか。それは、シティが金融で英国のGDPの多く(二〇〜三〇%ともいわれる)を稼ぎ出し、英国の租税収入の約一〇%を締めているためである。また、英国はシティが存在することによって国際社会における発言権を確保している。つまり、シティの権益に直結するタックス・ヘイブンを守ることは、英国の国益を守ることになるのである。

こうした背景を知った上で、先に引用した複数の記事を読み返してみると、大分印象が変わってくる。
確かに、アメリカ企業の多くは、複数の国の税制を上手く抜け道に利用して、いかに税金を納めなくてすむか、ということに、血道をあげているようではあるが、一方でそれを避難するイギリス政府がやっていることというのは???

いや、その狡猾さこそが「大英帝国」の強さなのだといってしまえば、そうなのだろうが。

・・・というわけで、このブログでは「タックス・ヘイブンとしてのイギリス」という側面だけを、ちょっと抜き出してみたけれど、本書は、現代の国際経済の「ブラックホール」ともいうべきタックス・ヘイブンの全般に目配りの効いた本。
筆者は、大蔵省から警察庁に出稿し、「タックスヘイブン退治」の最前線で活躍してきた人物だけに、臨場感のあるエピソードも、国際金融/国際政治の最前線の底知れぬ恐ろしさが垣間見れる本でもある。
そして、本来負担されるべき税金が闇に消えていくことに対する心のそこからの怒りが伝わってくる。

にしても、この著者。1949年生まれ、1970年司法試験合格、1971年東大法学部卒・大蔵省入省って、凄い経歴だな。
そして、でてくるエピソードがかなりな武闘派。相当な人物ではある。