「すごい人たち」をうまく使う方法 ― 『戦略人事のビジョン』 八木洋介・金井壽宏著

ゼネラル・エレクトリック(GE)というのは、考えてみると、凄い会社名だ。
日本語に訳せば「総合電機」だろうか?
大分印象が違いますね。

消費財としての商品がないということもあってか、GEというブランド名は日本ではいまひとつなところもあり、日本で保険会社をはじめるにあたっては、わざわざ創業者の「エジソン」の名前を冠したくらいのGEなわけだが、もちろん世界的に見れば超スーパー企業である。
世界で最も成功しているコングロマリット(複合企業)といってよいのかもしれない。

そんなGEが、どんな「人事」をやっているのかお話しますよ、というのが本書のテーマである。

戦略人事のビジョン 制度で縛るな、ストーリーを語れ (光文社新書)

戦略人事のビジョン 制度で縛るな、ストーリーを語れ (光文社新書)

(↑上の画像や書名はamazonにリンクしています)
著者の八木洋介氏は、今はなき日本鋼管(NKK、現JFEスチール)に19年間勤務し、その後GE関連企業で人事部門に転職、現在は住生活(LIXIL)グループのグループ執行役副社長。
で、八木氏が語るストーリーについて、キャリアやモチベーション、リーダーシップなどの研究で有名な金井壽宏センセが各章ごとにコメントをつける、というのが基本的な構成である。

基本的には、NKK時代の人事のあり方を「古い日本企業の人事部門のあり方」、GEの人事を「これからあるべき人事の姿」として語る、というのが、この本の基本的な枠組みといって間違いあるまい。

冒頭、八木氏はこんな風に語る。

以前、私が勤めていた会社には、「人事マフィア」という言葉がありました。<中略>
社内には「泣く子と人事には逆らうな」と眉をひそめて言う人たちもいました。<中略>
一般的に言って、企業の人事部門はオープンではありません。社員の情報が集約されている組織なので、それは仕方がないことでもあるのですが、過度に閉じられた組織は、何かおかしなことをやっているのではないかという疑いを外部からもたれます。そのうえ、相当な力をもっているらしいという風説が立つと、なんだか本当に恐ろしい集団のように見えてきます。「人事マフィア神話」はこうして一人歩きし始めます。
 しかし、結論を先に言ってしまえば、人事部門がオープンではないのは、社員情報をたくさん握っているからでも、何かをたくらんでいるかららでもありません。一言で言えば、人事政策に戦略性が欠けているからなのです。

で、戦略性が欠けているというのは、つまり、社員の考課や人事異動が、たとえば「年功序列」にしたがってモノを動かすごとくになっていて、「なぜ」「どのように」「なんのために」という戦略的ロジックが欠けているということ、らしい。
どうやら、かつてのNKKの人事は、そうだったらしいですよ(笑)。

で、そうした人事を打破するための基本的な考え方として、八木氏は「戦略性のマネジメント」という言葉を上げる。
それは、

「現在」を見て、勝つための戦略を立て、それを企業内の各部署に一貫性をもって反映させるマネジメントです。<中略>そのような企業では、人事部門は、前例や制度やマニュアルに固執することなく、見識を持って変革をリードする役割を果たします。

そういうマネジメントの「対義語」としてあげられるのが「継続性のマネジメント」。
これは、「過去」をみて、連続性を重視する。まあ、言ってしまえば「前例踏襲」を重んじて現状の変化に対応できないといったところですかね?

さて、それでは「戦略性のマネジメント」を実行するGEの秘密はどこにあるのか?

戦略性といっても、人事だけでそれを持つことはできないわけで、まずGEとして、何を目指すのかがはっきりしていなくてはならない。
その意味で、GEの掲げる目標は明確で、八木氏によればそれは「勝ちの定義がしっかりしている」ということだそうな。
具体的には

毎年、売り上げを八%伸ばし、前年比二桁増の純利益と、投資利益二〇%を確保するというゴールがはっきりと設定してあります。

・・・これは、なかなかに厳しいですよね。
実際、GEは人の入れ替わりの激しい企業のようですが・・・

それともう一つは、GEが「本音を封印」する「建前の会社」であるということ。
これは、本音ベースではいろいろ意見はあろうが、会社として「みんなでこうしましょう」と決めた「建前」は、きちんと守りましょうよ、と、そういうことである。
もちろん、これは、その「建前」をつくるまえにきちんと議論することが前提であろうが、決まったらもう、ぐだぐだいわずに、それにしたがって進みましょうと。

で、そんなGFでの評価はどのように行われるのか?
その基本はきわめてシンプルだ。
縦軸に「パフォーマンス」、横軸に「バリュー」、をおいて9分割したマトリックスをつくり、「パフォーマンス」と「バリュー」ともに優れている人を「Role model」、以下「Excellent」、「Storong Contributor」「Development Needed」「Unsatisfactoly」といった形に評価していくのだという。
CEOは経営陣を、以下、それぞれ部下を常にこういう枠組みで見ていくということですね。
(って、これ、文章で書いたところでうまく伝わるのだろうか。図を描こうと思ったけれど、今日は時間がないので割愛。いずれ気が向いたら入れる・・・かもしれませんが)

この評価方法、細かい「数値」や「公式」による定量化はされていない。
だから、部門や職務に応じて、実際にどのように適用していくかは、常に現場のマネージャーと人事部との間で議論されており、そこをサポートするのが人事の大切なお仕事でもあるらしい。

で、結局、評価者の主観がだいぶ入るわけだが、そこは、「人が人を使う以上、主観を排除することは不可能である」という割り切りと、評価を適切に下してパフォーマンスをあげることこそ、評価者(リーダー)の役割なんだから、そこはちゃんとやりましょうね、人事部も協力しますから・・・と徹底させることで乗り切っているようである。

そのほかにも、GEではリーダーは15年から20年程度努めるべきと考えられており、そのためには45歳くらいでトップにならないといけないので、リーダーの育成には特別に気を使っている、という話とか、

35歳転職限界説、というのは、日本企業がこれまで35歳程度で昇進のふるいをかける人事制度を主流としてきたので、35歳でうまく出世コースにのった人は転職しないし、そこでコースに乗らなかった人が転職市場に出て行ってもなかなか評価されないところから生まれた現象ではないか、という著者の仮説とか、
いろいろトピックはありましたが、それはとりあえず割愛。

で、GEの戦略人事だが、前提として、GEがものすごく「ハード」で、飽くなき成長を追及する会社であり、その中でこそ生かせる仕組みだよなあ・・・というのが、このブログの中の人の感想ではある。

実際、働きすぎてつぶれる人がいたりして、「休むときは休め」「働いてばかりいるとアホになる」と呼びかけるのも人事のお仕事だったりするようで、つまりGEの人事制度というのは、そういう人たちが集まる職場で、戦略的に人を使う仕組み、ということですね。

んなもん、なかなか凡百の企業ですぐに取り入れられるってもんでもないような・・・という感想をもつのは、このブログの中の人は「休むときは休め」なんていわれる前に休んでいる「なまけもの」だからかもしれませんが。

もう一点、ちょっと別の視点からの感想を。
実はこの本、どうやらあとがきに「私の語りをうまく引き出してくれた」編集者や、「巧みな構成で本書のストーリーを紡ぎ出してくれた」方への謝辞が連ねていることから察するに、最近のビジネス書にありがちな「著者の語りを口述筆記して再構成する」という作り方をしたらしい。

で、そういう本って往々にして、構成のツメが甘かったり、個々の文章は読みやすいけど全体として振り返ってみたときに「はて、結局どこがポイントだったのか」が、不明確なときがある。
正直、この本にも、そういう風味を感じました。

ただ、現場でバリバリ働いておられる方に本を書いていただくには、そういう手法しかないのもまた事実なので、こういう本があってこそ「机上の空論」ではない「体験談」が読めるってのもあるわけで、その辺、なんとも難しい問題ではあるよな、と感じるのでありました。