“帝国主義”の時代? ――『企業が「帝国化」する』松井博著

もうとにかく、国家というものを誰もがどんどん信用しなくなっていて、まあ、日本では民主党から政権がかわって「安倍自民党ならなんとかしてくれるんじゃないか?」という期待でとりあえず株価もあがって、多少明るい兆しが見えてきてはいるけれど、でも、アメリカの年末の「財政の壁」をめぐる攻防とか、ギリシャ、イタリアあたりのぐちゃぐちゃとか、中国の経済発展はしているのかもしれないけれど、なんかいろいろヤバそうだし、なんだかもう、先行きよく分らないことになっている。

一方で、日本企業はともかく、世界にはどんどん発展して世界経済も我々の生活も支配しつつある“勝ち組”な企業があって、日本企業もそ〜ゆ〜ところを目指さなきゃダメだとか、もう日本なんかにとどまっていてはだめで、そういうグローバルな企業を舞台に個人として戦えるようにならなきゃだめだとか、このままでいいのか甘えてるぜ日本人とか、いろんな議論が騒がしいわけだ。

で、世界を支配しつつある勝ち組企業を「私設帝国」ととらえ、その実態やら影響やらを、実際に「帝国の中枢」で働いていた著者がまとめたのが、この本なわけです。

著者は米国アップル本社でハードウエア製品の品質保証部のシニア・マネージャーの経験を持つ。本書の言葉を借りれば、アップルが「アップルがダメ会社から世界的企業に変わっていくさまを内部から見て」きた末に退職するわけだが、そこで著者が感じたのはこういうことだ。

アップルを辞めて気がついたこと、それはアップルのような企業の中枢に勤めるごく一部の人々が消費や生産の仕組みを創り、そうした仕組みの中で、選択の余地もなく消費せざるをえなかったり低賃金であくせくと働かざるを得なかったりする人がたくさんいることでした。

本書で主にとりあげているのは、アップル、エクソンモービルマクドナルドという3つの“帝国”なわけだが、これらに共通するのは“仕組み”によって高収益を支えているということ。

アップルについて言えば、iTuneを使い始めると、音楽を聴くのも、音源を管理するのも、アップル製品を通して・・・という形になるし、そもそも「音楽ソフト販売」というビジネスの「仕組み」すら変えてしまっている。
で、アップルというのは「調達側」としてもものすごい力をもっているから、部品サプライヤも委託生産先もアップルの意向に従って生きることになる。
この辺の“帝国”の特徴を、著者は次の3点の言葉でまとめている。

・ビジネスのあり方を変えてしまう
・顧客を「餌付け」する強力な仕組みを持つ。
・特定の業界の頂点に君臨し、巨大な影響力を持つ

マクドナルドやモービルも、あの手この手で“仕組み”をつくっていて、マクドナルドが安い牛肉を大量かつ安定的に調達する仕組みをつくるために、どんなエグいことをやっているかとか、
アメリカを自動車社会にするために石油会社とGMやファイヤストーンなどが共同して全米45都市の鉄道を買収して廃止してしまったとか、ナイジェリアやチャドなどの発展途上国で、なまじ石油で外貨が流入したために国が発展しないとか、
アメリカのファーストフード業界がどれだけ、アメリカの下層に暮らす人々の食生活を破壊しているか、とか、
いろいろな“帝国”の罪の部分は、それはそれで興味深い内容なのだけれど、まあ、本書ではちょっと内容が「薄い」感じがなくもないか。
それぞれのトピックが、論じだせばものすごく深くなるし。

で、困ったことに、そういう“帝国”の扱う商品って魅力的なんだ、これが。
このブログの中の人はほとんど使わないけれど、アップルの製品は「信者」と呼ばれる人々を生み出すほどに魅力的らしい。
(で、アップル製品は使わなくても、ITとかかわりを持つ以上、googleとか、“一世代前の帝国”たるマイクロソフトのお世話にならざるを得ない)
マクドナルドだって、まあ腹減っているときに食えば美味いし、とりあえず「低いコストでとりあえずカロリーとりたい」となれば、こんなに便利で安い食べ物は、そんなにない。
ま、エクソンモービルの扱う「石油」を「魅力的な商品」という言い方をするとちょっとおかしいが、今の世の中で、石油が必需品であることは確かだ。
まさか、もっと原子力発電を盛んにして石油の消費量減らすわけにも行かないし。

で、こういう“帝国”が猛威を振るうと何がおこるかというと、世の中で働く人は、「帝国の中枢で仕組みを創って運営していく人たち」と、「その他大勢」に、人々は二極化されていくわけですね。
当然、前者と後者の収入は段違い。
で、“帝国”はグローバルな存在だから、「その他大勢」の人がやる仕事だって、どんどん人件費の安いところにもっていってしまいますよ、と。

・・・とまあ、話は、以前このブログでも取り上げた『ワーク・シフト』はじめ、「これからの世界で働き方はこうなる」的な議論に重なってくる。

現実に「その他大勢」の仕事は、どんどんグローバルに動きだしていて、たとえば“iPhoneiPadの組み立て”なんていうのは、ほとんど中国で行われている・・・ということはご存知の方は多いとおもう。
で、そんな受託企業の一つ、中国のフォックスコンで自殺が多発したなんて事件もあって、現在、工場の周りには自殺防止用のネットが張られていて、日本の基準でいえば、完全な“ブラック企業”なのだけれど、極貧の中国の農村部の若者からみれば、ここで働くのは“憧れ”だったりするという現実もあるわけだ。

一方で、帝国の中枢で働く人たちは、どんな感じなのか?

「帝国」の頂点に位置する経営陣にはどのような能力が必要なのでしょうか? それは会社の明快なビジョンを創り、それを分りやすい言葉で発信できる能力です。<中略>
自社の社員だけではなく、顧客や株主などにも明快なメッセージを伝えていく必要があります。したがって、まず発信するに値する「明快なビジョン」を生み出すことができなければ始まりません。

中間管理職は基本的にアグレッシブで、出世に必死な人が多い傾向にあります。弁舌がたち仕事中毒で、精神的にも打たれ強いタイプの人たちです。ただ目の前の政治に夢中で「ビジョン」に欠けている人も多く、そこから上のポジションに上がっていける人は本当に一握りです。
 こうしたタイプの管理職は損得勘定や社内政治に非常に敏感で、どの人と組むべきなのか、どの人と距離を置くべきなのかを常に計っています。そして自分に災いが降りかかってくると察知したら、昨日の友人ですら平気で背中から刺し、蹴落とすような人々なのです。そんなバカな! と思うかもしれませんが、これがこのような「帝国」の中枢の「ゲームのルール」なのです。

・・・うーん、管理職、楽しくなさそう。。。

そんな帝国が支配しつつある世の中で、僕らはどうするべきなのか。
著者はこうした帝国の唯一の泣き所として「企業イメージ」を挙げる。

アップル、グーグル、マクドナルド、そして多数の食品会社などは、イメージづくりに大金をつぎ込んでおり、企業の信頼性や好感度の向上に余念がありません。もしもこういった企業イメージを大幅に損ねるような世論が形成されるようなことがあれば、帝国にとって重大な損害となり得るのです。

たしかに、これはそうですね。
で、ネット社会では、個人の放った情報が攻撃的な世論に雪だるま式に膨れ上がって、帝国に襲い掛かることは十分にありえることだ。
とすれば、消費者としては、情報を武器に、ある種「ゲリラ」的に帝国と戦っていくことも可能かもしれない。

で、もう一つ、「働く」という側から考えれば、こういうことが問いが生まれてくる。

いままでの時代は、良くも悪くも左右を見渡して他人と同じようにしていれば、どうにでもなる時代でした。<中略>
これからは超緒大企業の中枢に勤務するごく一部の層が高い所得を維持し、大多数の凡庸な人々は、彼らが構築したシステムの中で低賃金で使われる時代になっていくのです。

その回答は「創造性を養う」「専門的な技能を身に付ける」「就職後も勉強を続ける」「外国語を習得する」「コンピューターを『使う』」側になる」・・・。

いや、なかなか大変である。

しかし、あれだなあ。
なんっていうか、ああいうアメリカ発の帝国以外の“解”ってないんですかねえ?
ビジョンを示すリーダーと、その下で飽くなき権力闘争を繰り広げる人たちと、その他大勢の、使われる低所得者で構成された帝国に支配される未来。
20世紀が想像した「アンチ・ユートピア」な未来の帝国は、絶対的な権力者が支配する国家だったわけだけど。

そういえば、創造性を養う方法として、本書の中にこんな記述があった。

1つ目は古典と呼ばれる、時代の淘汰を経て残ってきた優れた文学作品、音楽、絵画といったものにたくさん触れていくことでしょう。こうして時代の荒波を生き抜いてきた文学や芸術の魂に訴えかける「何か」を持っています。

あ〜、なんか、とりあえず仕事のことなんぞ忘れて、小説でも読もうかなあ。
ま、この場合はつまり「現実逃避」なわけだが。