互いに学ぶことこそ、もっとも有効な戦略である ―『ミンツバーグ教授のマネジャーの学校』 フィル・レニール、重光直之著

ミンツバーグ教授の マネジャーの学校

ミンツバーグ教授の マネジャーの学校


いきなり以前の話をぶり返すようで恐縮なのだが、以前に『経営戦略の巨人たち』という、「経営戦略論の歴史」についての本に関する日記を書いた。
その時には触れなかったのだが、競争戦略とは、シェアだの市場の成長だののデータの考え方を元に、企業がどのポジションを取るべきかを考えることである、とする考え方を「ポジショニング学派」(そのままやんけ)というのだそうだ。
親玉は、マイケル・ポーターである。

こういう考え方には、当然ながら反論がある。
『経営戦略の巨人たち』から要約すれば、こういうことだ。

いくら精緻な計画を立てても、計画通りに物事が進むことはないのだから、大切なのは、市場や競合他社の反応から学習し、それに応じて調整することだ、という立場の学者たちがいるのである。
これを「ラーニング学派」という。
この人達にいわせれば「マイケル・ポーターの戦略で、人はどこにいるのか」という話になる。

そして、その代表者が、カナダ・マギル大学の、ヘンリー・ミンツバーグ教授という人なのだそうな。

ま、「ポジショニング派」からは「ミンツバーグはなぜ、何も新しいことを言わないのか」とか言われちゃったりするらしく、また、厳密さや理論の欠如を指摘する声もあるらしいが。

このミンツバーグという人、世界的に有名な経営学者で、「欧米ではP.F.ドラッガーに並び並び称される」(本書の帯より)という説もあるけれど、日本では解りやすく小説にして表紙を「萌え系」のイラストにしたり、アニメ化する人がいないせいか、まあ、ドラッガーほどの知名度はない。
著書には『マネジャーの仕事』『マネジャーの実像』『戦略サファリ』などがあるが、どれも厚くて、読むのが結構大変。
(アタクシは、ちゃんと読み通したのは『マネジャーの実像』だけです。すんません。)
5〜6年前にでた『MBAが会社を滅ぼす』は、その題名のインパクトもあいまって、結構話題になった、のかな。

さて、この本の著者はミンツバーグではなく、ミンツバーグ教授の義理の息子・フィル・レニール氏と、彼が作り出したマネジャー教育プログラムを日本に展開している重光氏。

レニール氏は、とあるIT企業でバリバリに働くマネジャーだった。
だがドット・コム・バブルがはじけ、相次ぐリストラの末、「冷酷無比なコストカッター」である女性副社長の下で働くことになる。
「うまくいかない場合は、部下を整理しなさい」といい放つ彼女の元で、職場は疲弊する。新たに始めたウクライナでのオフショア開発も上手くいかない。
そこで、彼は思い出すのだ。
「母の再婚相手が、世界的な経営学者だったはず」・・・。
そこで、ミンツバーグ教授にアドバイスを求めに行くのである。

このあたり、なんだか、誰かが脚本を書いたかのようでもあるが・・・。

ちなみに母親が再婚した時には、レニール氏はすでに妻子ある大人だったそうだ。そうであれば、母親の再婚相手のことをよく知らない、というのは、欧米的な個人主義だと、「アリ」なんだろう。
日本ではあんまりなさそうだが。

かくして、ミンツバーグ教授は、義理の息子であるレニール氏にアドバイスをすることになるのだが、その内容は極めてシンプルだった。
曰く「お互いの経験を振り返って語り、内省する時間をもつといいだろう」

レニール氏は「小難しい理論を並べた難解な答えが出てくると警戒していた僕は、あっけにとられた」と記している。

そして、ミンツバーグ教授の指導の下、職場のランチタイムを使って、誰かの指導を受けるのではなく、マネジャーたちが集まって、内省、つまり「自分を振り返る」「人間関係を振り返る」「行動を振り返る」「事業環境を振り返る」ためのセッション、「コーチング・アワセルブス」を始める。
お互いの経験を学ぶことで、マネジメントを学ぶ、ということである。

そして、これが上手くいったため、やがてレニール氏は、ミンツバーグ教授の指導の下、その名も「コーチング・アワセルブス」という会社を設立し、こうしたマネジャー教育プログラムを世界に広めるビジネスを始める。
そして、共著者の重光氏は、その日本版をやってますよ・・・というお話なのです、この本は。

(ちなみに、日本ではこれを「リフレクション・ラウンドテーブル」という名前で展開している。多少、独自の方法論が入っていることと、いわゆる「コーチング」との違いを明確に出すため、だそうな)

本書には、実際にレニール氏が会社でやった「コーチング・アワセルブス」の様子や、日本での「ラウンドテーブル」での標準テーマの例、なんてのもでてくる。
たとえば、標準テーマの5つのモジュール、というのはこんな感じ。
「自分を知る(内省のマインドセット)」
「組織を知る(分析のマインドセット)」
「視野を広げる(広い視野のマインドセット)」
「関係性を知る(協同のマインドセット)」
「変革を進める(行動のマインドセット)」
で、このそれぞれのモジュールの下に、具体的なテーマが色々とある。

そして、こうしたセッションを円滑に進めるには相互の話をきちんと「傾聴」できるような雰囲気作りも大事になってくる。

まあ、具体的なことに興味がある方は、毎度おなじみ、実際に本にあたっていただくことにして。

本書は、レニール氏による「コーチング・アワセルブス」が誕生し、成功するまでのストーリーを主要な柱に、随所に挟まれる重森氏の解説、日本で実際に行っている内容、などをとおして、ミンツバーグという人が考え出したことを、実際の場面に適用する一つの活動を浮き彫りにしている。
ま、本としては「普通のビジネス書」として、さして読みにくいところはないです。
その分、方法論とか、具体的なやり方について、内容が薄いともいえるが(笑)

でも、さっと目を通すと、精緻な戦略論とはまたちがった、経営学者のお仕事の一端がみえるかもしれない。
「出版によせて」というミンツバーグ教授の文章や、簡単な著書の紹介も、のっているし。
そこから教授の考えを引けば、
・組織は人間のコミュニティであり、人的資源の集合体ではありません
・コミュニティシップを形成するのは、配慮しながら人々を巻き込んでいくマネジメントであり、自らが課題解決していくヒーロー型リーダーシップではありません。
・明日のリーダーを作るプログラムよりも、今日のマネジャーを直接支援する取り組みが必要です。
だそうだ。


多少本書から離れて話を進めれば、ミンツバーグの『マネジャーの仕事』『マネジャーの実像』という本は、実際に何人もの色々な職場のマネジャーに密着してその生態を明らかにする、という労作である。『実像』では、いわゆる「企業のマネジャー」だけでなく、赤十字の難民キャンプの責任者とか、指揮者とか、広い意味でマネジャー的な仕事をする、色々な職場の人達の行動を、実際に細かく追っていた。

そういう「現場派」だけに、マネジメント経験のない(少ない)若者に理論を教え込むMBAには弊害が大きいという主張には力がある。
(MBAばかりが経営陣にいる会社の経営成績を分析してみたりとか、いろいろ実証的で「意地の悪い」研究もしている)

ただ、その結果でてきた有効な方法が
「現場でマネジャー同士が、お互いの悩みや経験を話し合う時間を持ちましょう」という話になると、
「それって当たり前じゃないのか? そこに、どんな新しい、有用な理論があるのか? そんなことを言うのが経営学者の仕事なのか?」
という批判が出てくるのも、それはそれで、一理ある。
もちろん、それを「ただダラダラ話す」んじゃなくて、より効率的に行うには、ということ一つとっても、やることは沢山あるのだろうけれど。

さらに本筋から離れたところで思ったことが二つほど。

1)レニール氏によれば、「日本人はシャイだと聞いていたけれど、全然違う」そうである。
セッションを何度も続けて、いったん理解し合える相手だと分ければ、何でも打ち明けられる傾向は諸外国より強いらしい。
仲間になってしまえば、そういう傾向があるのかも。

2)御本尊が英語なので仕方ないのだが、この手の本を読むと「ラウンドテーブル」だの「セッション」だの「マインドセット」だの「ファシリテーション」だの、どうしても横文字が多くて、アタクシのような野暮天には、そこが、鬱陶しくなって困る。
「野暮天」というか「英語に弱いだけだろ」という話もあるのだが。