ベストセラーとは「現象」である ― 今更ながら『もしドラ』に関するもろもろについて思うこと

岩崎夏海という人が書いた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)という本が、ビジネス書としては異例のベストセラーとなり、版元のダイヤモンド社として創立以来初めて200万部を突破したことは知っていた。
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
そして、この本の著者が、AKB48とかいうグループを生み出した秋元康という人の下で、かつて放送作家として働いていたことも小耳に挟んでいたし、岩崎氏は紅白歌合戦の審査員になっていたりもしていたので、テレビを通してそのご尊顔を拝したこともある。

でも、岩崎氏がもともと、一部で注目されていたブロガーであったことや、『もしドラ』の原点が岩崎氏のブログのエントリーであって、それをダイヤモンド社の編集者が目にしたことから、あの一連の現象が始まったことは知らなかった。
(そのあたりの経緯はこちらのサイトに詳しい)
そして、岩崎氏が「ハックルさん」という愛称で呼ばれ、そのブログの特異な内容ゆえにネットの片隅で話題を振りまき続けてきたことも、ごくごく最近まで知らなかったのである。
自らの不明を恥じたい。
いや、なにせ、氏の主なフィールドである「はてなダイアリー」や「はてなブックマーク」とのお付き合いも短いもので。

で、特異な内容って、どんなの? と聞かれると、残念ながら簡潔にうまく伝えられる技量がないな、オイラには。

とりあえず、氏のブログ『ハックルベリーに会いに行く』から直近のエントリーを見てみようか。


日本の異能 岩崎夏海氏「ベストセラー作家から炎上ブロガーへ。転落+復讐こそ作家の歩むべき道」

書き出しはこんな感じだ。

「ベストセラー作家の岩崎夏海さんとじっくり話する機会を得た。最後に彼とゆっくり話をしたのは、もう数年も前になる。そのときに比べると彼の主張はずいぶん進化したように感じた」

これだけでも、「まっすぐな文章じゃない」ことはご理解いただけよう。
なにしろ、この文章を書いているのが「ベストセラー作家の岩崎夏海さん」その人なのだから。

そして、作家が競争優位性を得るための「炎上ブログ」の執筆だとか、
岩崎夏海はかっこ悪い、才能がない、と言われる。熱烈なアンチが存在する。ここまで熱烈なアンチを抱えているベストセラー作家はほかにない」とか
iPhoneは、転落と復讐文化と無縁ではないという」といった話題が繰り広げられ、
話はそのうち岩崎氏の自著『小説の読み方の教科書』へと展開していく。

悪評もまた評判、という理屈に根ざした「炎上マーケティング」、あるいは、わざと刺激的なことをいってアクセスを集める「釣り」なんていう言葉がネット界にはあるらしいけれど、このエントリーは結局そういうものなのか?
ネット言論の進化についていくのが精一杯の野暮なオイラにはよく分からないが、でも、そんな言葉だけでは片付けられない「ねじれた何か」がここにあるのは確かな気がする。

それが何なのか。追求しようとする気力を、もはや僕はもてない。
誰かが解りやすく説明してくれたら、是非読んでみたいとは思うが。

とりあえず部分部分をとらえて、
「熱烈なアンチを抱えているベストセラーの著者といえば、僕の周りでは勝間和代女史だよなあ」
とか
「『iPhoneは、転落と復讐文化とは無縁でない』というのを聞いたら、天国のスティーブ・ジョブズはどんな顔をするんだろう?」
などと、
色々と思いをはせるのは、娯楽としてはキライじゃないけれど、世の中にはもっと生産的な「やるべきこと」が沢山あるのだろうな。

そして、このエントリの最後には、「参考」として、こんなリンクが貼られている。

日本の異能 猪子寿之氏「茶道からマリオブラザーズへ。文化+テクノロジーこそ日本の歩むべき道」 【湯川】 : TechWave

この、リンク先の記事を読むとき、人はもう一つの事実に気づのだ。

なにしろ、リンク先の記事の書き出しはこんな感じだ。

「チームラボの猪子寿之さんとじっくり話する機会を得た。最後に彼とゆっくり話をしたのは、もう数年も前になる。そのときに比べると彼の主張はずいぶん進化したように感じた。」

そう、岩崎氏のエントリーは、この記事にインスパイアされた(ちゃんとネタ元を示しているから、「パクリ」とはいわない)ものなのであった。
では、岩崎氏は「パロディを書く才能」を示したかったのか?
いや、それもまた、違いそうだ。

なんだろう、この複数の糸が絡まったのをほどこうとして、なぜか粘着質の液体をこぼしてしまったような感覚は。

分析は、やめじゃ。

その代わり、以下、岩崎氏の著書もブログも一部しか読んでいない立場から、勝手なことをいわせていただく。

この人、「ベストセラー作家」にはなったけど(ベストセラー作家というより、一発屋だろ、という説は取り合えずおく)、オリジナルなものを生み出したいけど生み出せない自分にもがいておられるようだ。

いや、もはや、その点はあきらめて、炎上マーケティングに、自らが認められるための糸口を見出しているのか。
それとも・・・って、結局分析しようとしてるなぁ(笑)
ほどほどにしておこう。
見事に「釣られ」たのは、オイラだ。


今更なことを言うのだが、ベストセラーと、読み継がれる良書というのは、必ずしも一致はしない。
シリーズ累計600万部を売ったといわれる『脳内革命』のことを今、話題にする人は何人いるだろうか?

ざっとブログを見る限り、岩崎氏は「ベストセラー作家」と呼ばれるようになったのに、自分に対する周りの評価が自分の納得のいくものでない、ということに、えらくこだわっているようにも見える。
だが「ベストセラー」というのはタイミングやら社会情勢やら、様々な要因が絡まって生まれる「現象」という側面が強いのであって、本や著者への「評価」そのものとは必ずしも一致しないのだ。
そして、もちろん、ベストセラーを出す作家だけが偉いわけでもなかろうし、ベストセラーを出したからって、例えば『ホームレス中学生』の著者を「偉い作家」という人はいない。(というか、そんな呼び方をしたら当人も迷惑だろう)。

それにしても思うのは、岩崎夏海氏にとって、ドラッカーとはどんな存在であり、『マネジメント』とはどういう意味を持つ本なのだろう? そして『もしドラ』とは結局どういう本なのか、ということだ。
もしかして、突き詰めれば「岩崎夏海がベストセラー作家になるための踏み台」にしか過ぎなかったのではあるまいな。
恐ろしいことにそれが真実だと、もし仮にするならば、「読んだ人こそ、いい面の皮」である。

もしドラ』読者のなかには「ドラッカーってなんか難しそうだけど、あれなら理解できそう」というも多かったと聞く。
だが、たしかにドラッカーの本は、易しくはないかもしれないが、本気で時間をかければきっと理解できるだろう。
そして結局、ドラッカー本人の本を読まなければ、本当のドラッカーはわからない。
当たり前すぎることだが。

さらに言えば ―― これは結構大事なことだと、個人的には思っているのだが ―― いくら読んでも理解の出来ない本、というのは、多分、その人の人生にとって必要のない本なのだ。
少なくとも、時間も能力も限られた凡人たる私たちにとって、そういう諦めが肝心なときはある。

もちろん、真摯にドラッカーと向き合った人が、その思想を広めたいという衝動に従って書いた解説本は、きっと「ドラッカーは難しい」という人の役に立つだろう。
では、岩崎夏海氏がそうなのか、という問には、今のオイラは答えることが出来ない。

だって、よくわからないから。氏のことが。ブログを読んだからこそ、ますます。

そしてドラッカー云々は別として、『もしドラ』が小説としてどうかといえば・・・。

それにしても、あれだな。
こういう「本をめぐる背景のあれこれ」じゃなくて「本そのもの」に愚直に向き合うような人になりたいねえ、オイラも。

なぜなら、読みたい本や読むべき本は沢山あるけれど、人生は限られているのだから。


【10月26日追記】
よせばいいのに、ハックルさんのブログをちょっとのぞいてしまったら、こんなエントリーが書かれていた。

どんなサーカスにもピエロに向かって野次る客はいる

まあ、オイラはピエロに野次ったりはしないけれど、ああ、あのピエロ、無理しててつらそうだなとか思うことはあるかもしれない。

そして、ハックルさんの最新のエントリーは「道場生の募集」と称した、弟子の募集。
「作家」としての弟子募集、ではなく、岩崎夏海マーケティング道場・道場生募集のお知らせ だそうな。

そうだよね。この人、作家なんかじゃなくて、マーケティングの人なんだよね。なんかすっきりした気分。

でも、あのブログの炎上マーケティング、注目を集めることにはとりあえず成功しているけれど、トータルとしてみたときに、どうなんだろう?
『小説の読み方』、アマゾンのレビューはまだ投稿されていないみたいだけど。

ま、とりあえず、マーケティングにお付き合いするのは、これで本当に最後にしよう。
マーケティングよりも、作品そのものに力を入れるような、一流の著者を探すことにします。