結局、人と人が向き合うということだから ― 『「質問力」の教科書』 御厨貴 著

御厨貴(みくりや たかし)。ちゃんと一発変換できるんですね。

日曜の朝、TBS系列で放送されている『時事放談』という政治討論番組がある。
一部では「ジジイ放談」と揶揄されたりもしているこの番組、なにしろ関西圏では日曜の朝5時半(関東圏では朝6時)という、まさに「年寄りしか起きてないんじゃないか」という時間帯にやっている番組なので、ほとんどみたことがない。
録画してみるほどの興味はないし(笑)

で、現在その司会をしているのが、この本の著者、御厨貴先生。
この番組以外にも、メディアに登場する機会が多い人なので、どこかでこの名前を見かけて「なんと読むんだろう?」と思った人は多いかもしれない。

「質問力」の教科書

「質問力」の教科書

この人、「政治学者」と紹介されることも多いが、専門は近現代の日本政治史、なかでもオーラル・ヒストリーの日本における第一人者、なのだそうな。
オーラル・ヒストリーとは、本書の記述を借りれば

ひと言で説明すると、「公人の口述記録」である。政財界の大物や官僚といった公的立場の人物にインタビューをし、後世に残る口述記録を作成していく。
(中略)
今では歴史資料として、あるいは意思決定のケース・スタディとしてその利用価値が広く認められている。

というものである。

つまりは、学術的価値があるキッチリとしたインタビューの専門家が、“質問”の心構えやコツを語りましょう、というのがこの本の眼目である。

構成としては、66のポイントを、それぞれ右ページに大きく掲げ、それについて1〜数ページ程度で解説するということで、見ようによっては「ページ数」稼ぎといえないこともない(笑)

で、どんな項目が掲げられているかというと
「質問の本質は、『北風と太陽』の「太陽」にある」
「相手の目線がどのレベルにあるかを見極めて質問する」
「ハードルの高い相手は、心の中で話すきっかけを待っている」
「大事なことほどさりげなく聞く」
「相手の話を性急にまとめない」
「無言は強い質問である」
「嘘が決壊すると、面白い話がたくさん飛び出す」
「相手に関心を持つ言葉がベストな質問をつくる」・・・。

正直、どれも、それなりに傾聴に値するお話ではあるんだけど、あまり「極意」や「切れ味のいい卓見」は期待しないほうがいいかな、という感じもあるな。
なんというか、結局、人が人から、「積極的には話したくないこと」を引き出すわけだから、相手との信頼感と、ちょっとキザな言い方でいえば「人生の機微に通じているか」というところがモノを言うのである。

例えば、「質問に質問で返されたらどうするか」という項目に対しては、こんな解説が付されている。

相手がオウム返しで質問を返してくるということは、相手がその質問から逃げている証拠でもある。答えたくない何かがあるわけだから、そこには聞きだす価値のあるものが隠されている可能性が高い。
(中略)
「あなたが答えられないような質問を私にするなよ」というメッセージを発しているのである。
しかし、質問者はそれに気づかぬふりをして、あくまでも相手に答えを求めていかなければならない。その駆け引きのテクニックも質問力の大事な要素なのだ。

なるほどぉ、で、その駆け引きのテクニックはどうやったら身につくのか? それについては特効薬は語ってくれない。まあ、安易に特効薬ようなものを語るより誠実ですけどね。

結局

質問力を伸ばすには、現場で学び、そこから教訓を得て工夫を重ねていくしかない。それには「失敗」を失敗と認識できる感性も磨いていく必要があるのである。

ということなのである。

そんな中で、「『ダメな質問者』は自己顕示欲に囚われる」というのは、ちょっと面白かったかな。
いますよね、国会中継とか記者会見とかみてると「相手の答えを引き出す」より「自分の意見をとうとうと語る」ことに熱が入っちゃってる人。
あれは、はなはだうっとおしい。

まあ、「質問」の場ではなくて「議論」とか「説得」の場ということになると、多少、話は違ってくるだろうが、それでも「自分がしゃべる」まえに「相手にしゃべらせる」というのは大切ではないか、という気がする。
自らを振り返っても、そういう失敗、あるしな・・・。

まあ人間というのは「しゃべりたい」生き物なのである。
だから、本書には、こんな項目もある。
「聞くことで溜まるストレスは、しゃべることで発散する」

いい質問者は聞き上手であるべきだと思っているので、私は徹底して相手の話を聞く。人間というのはしゃべることでストレスを発散するが、聞く一方だとストレスが溜まるのである。
(中略)
私は現場で溜まったストレスはすぐに発散することにしている。
その方法は、研究室の若手に「その日にあったことをしゃべる」というやり方である。

え〜っと、研究室の若手の皆さん、お疲れ様です(笑)

ところで、この本には、主題からちょっと離れた脇筋で、面白い話がちょこちょこと出てくる。
それは、著者がこれまでインタビューした政治家や著名人のエピソードである。

たとえば“カミソリ”といわれた後藤田元官房長官
最初は「それは君らのためにはなっても、俺のためにはならん」と取り付くしまもなく、「取材の2週間前には当日聞く質問を必ず提出する」という条件がつく厳しさだったが、結局、全27回、60時間にわたるインタビューに応じた。
その結果は、回顧録『情と理』としてまとめられられている。


ほかにも、抜群の切れ味と柔らかい対応で、答えやすい質問にはよどみなく答えてくれる一方で、「言えない」ことは絶対に口を割らなかった、宮沢喜一

「大蔵省に勤めていたものにとって、その仕事内容というのは答えられないものばかりだ」「私が言ったことが本当なのか嘘なのかは誰にもわからない。そんなことを形に残すことは意味がない」と言い出し、結局、インタビューを途中で断念させた元大蔵事務次官の竹内道雄。

デヴィ夫人は、そんじょそこらの政治家より芯が強くて頭の回転が速く、「バラエティー番組で若い子たちを相手にするほうが、昔の自分を知らないので楽だ」と語ったそうな。
ほかにも、ネガティブな小沢一郎、つかみどころのない竹下登、軍隊時代の話を聞こうとしたら「あの頃は思い出しくない!」と怒って席を立った中内功。。。

なお、著者は、オーラル・ヒストリーの専門家として、小泉純一郎元首相をインタビューしようとは思わないのだそうだ。
なぜなら、大して何も出てこないと思うから。

ワンフレーズ・ポリティックスを自ら作った人は、質問してもおそらくワンフレーズしか返してこないだろう。
(中略)
私は今までに多くの政治家たちと会ってきたが、小泉氏ほど掴みどころのない人に会ったことはない。掴みどころがないのは、一見信念の人のようでありながら実ははっきりした考え方の座標軸がないからだと思う。
彼の会話を聞いていると、物事を深く考えていないことがよく分かる。その場、その場で物事に対処し、単純明快に物事をぶった切る。

なるほどね。
確かに、単純な信念を貫き通したことが(そのよしあしは別として)、この人の強さだったのは確かだという感じはする。

・・・とまあ、本筋から離れてしまったけれど、質問して相手から答えを引き出す。
そのことに「近道」はなく、結局は聞く側の総合的な力が問われるという、言われてみれば当たり前のことを再確認できる本ではありました。
そして、当たり前なことを分解して整理して再確認させてくれる本、というのは、それなりに価値はあるのだ。