「読む」だけでは意味がないことだから・・・。― 『経営学を「使える武器」にする』 高山信彦著

随分と前の話になるけれど、映画評論家の町山智浩氏が、Twitterでこんなことをつぶやかれていた。
曰く「自己啓発書やビジネス書というのは書いて儲けるものであって、読んでももうからない」。

まあ、氏一流の、皮肉の利いた一言ですね。
そして、この言の正しさは、たとえば、おそらく日本人の平均値よりはビジネス書をよんでいるであろう、このブログの中の人が、リアルのビジネスでさほど設けているわけでもないという事実一つを持ってしても、知れちゃったりするわけだ。

まあ、確かに「読んだだけ」では、まあ価値が全くないとはいわないけれど、でも「経営学」が「実学」である以上、それが現実のビジネスに役に立たなければ、意味がない。

そして、きちんと取り組めば、それはけして絵空事ではないのですよ、と、それが本書のメッセージであろう、と思う。

経営学を「使える武器」にする

経営学を「使える武器」にする

著者は、本書の言葉を借りれば「『経営コンサルタント』と『人材研修の講師』の中間あたりにあるんじゃないか」という仕事を生業とする方。
具体的には、企業内にゼミナール方式の「授業」を開業し、そこでまず、課題となる経営書を読破させた後、実際に自社の企業戦略を考える、という形の研修を数多く行っているらしい。
そこで議論された戦略には、実践に移されたものも多く、成果を生み出したものもいくつもあるという。

著者は、書店にあふれる経営学の本について、こう述べる。

本屋さんに並んでいる経営学の本の大半は、実際の企業価値向上には、何の役にも立ちません。もちろん、本の学問的な価値まで否定しているわけではありませんが。
 一方、そんなに多くはないけれど、企業価値向上に役立つ経営学の本が本当にあるのも確かです。ただ、それをそのまま社員が読んでも内容が理解できない。内容を理解できても、自社の戦略に適用できない。自社の戦略に適用できても、戦略が機能しない。それはいわば「動かない経営学」です。

そこで、きちっと、そうした「企業価値向上に役立つ経営学」とがっぷり四つに取り組んで、そして、自社の戦略に適用してみましょう、というのが、この人のやっている「研修」というわけである。

そこで、まず課題として取り組む経営書はどんなものかというと、
E・ポ−ター『競争優位の戦略』
フィリップ・コトラー 『コトラーマーケティング・マネジメント』
W・チャン・キム レネ・モボルシュ『ブルー・オーシャン戦略』
クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ
ジェイ・B・バーニー『企業戦略論』
ジェームズ・C・コリンズ『ビジョナリーカンパニー? 飛躍の法則』
・・・。

どれも大著ですね。
ポーターの「ファイブフォース」とか、クリステンセンの「破壊的イノベーション」なんて概念は、いろんなところでイヤというほど使いまわされていたりする。
とはいえ、これらの概念のサワリを知っている人は多くても、原典(まあ、翻訳にしても)をきちっと読みこなして使いこなしている人は少ない。
何を隠そう(隠す必要もないが)、このブログの中の人も、上記の本の中には何冊か、やっとこさ通読したモノもあるけれど、ガッツリ取り組んで実際の仕事に生かしているかというと、そこはまあ、アレですよ、うん・・・。

本書の構成は「準備編」「実践編」「補講」の3つに分かれる。
準備編は、「古典(=経営学の古典のこと。引用者注)を侮るなかれ」というタイトルの「1時限目」から始まり、著者が重要と考える、経営戦略論のごくごく簡単な概説が語られる。
PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)をはじめ、その内容は、類書でも多く紹介されているもので(まあ、古典を土台にしていれば、当然そうなるわけだが)、さすがに数多くの研修講師をこなしてきた著者だけあってその解説は明快でわかりやすいけれど、本書を魅力的にしているのは、「実践編」の方だろう。

ここには、広島県福山市でバラ積み貨物船を製造する常石造船をはじめ、いくつもの企業を傘下におさめるツネイシホールディングスという会社で、実際に著者が行った研修の記録が収められている。
船の舵やスクリューなどを作る子会社・常石鉄工の、自称「鉄工所のオヤジ」にマイケル・ポーターを読ませ、それまで親会社に部品を納めれば成り立っていた会社に、中国市場進出を実現させるまでのストーリーは、原本にあたっていただくとして、個人的に興味が魅かれたのは「VOC(Voice Of Customer)の重要性だろうか。

常石鉄工のケースでは、VOCを集まることで「中国と競争しても価格面でかなうわけがない」という先入観を覆されて、あたらしい戦略を構築するにいたるのだが、やはり、バックにある「理屈」と、真摯に現実に対峙する「実践」がかみ合ったとき、「経営学」という実学が本当の意味で力を持つのだなあ、ということをまざまざと見せつける。

それにしても、あれですね。
この本を読むと、もう一度、なにか「古典」をじっくり読んで、で、それをどうやって実践に結び付けるかということに、取り組んでみようかな、という気になる。
・・・と、安易にこういうことを書いてしまうと、いずれ、その成果をここに書かないとカッコ悪いことになるなあ、なんて、思っちゃって、一瞬ひるんだりするわけだが。