数字の向こうを見るために ― 『IPGI流 経営分析のリアルノウハウ』富山和彦・経営共創基盤 著

たぶん、この人の「持ちネタ」の一つなのだろうが、マツコ・デラックスが人間ドックを受けたところ、血液検査の結果が全て正常値で、医者が「こんな理不尽なことがあっていいのか!?」と驚愕したという話を、テレビで複数回、聞いたことがある。

マツコという人の体系を見れば、明らかに「成人病の巣窟」のような検査結果がでそうなものだが、必ずしもそうではないらしい。
もちろん、一般的には体重と成人病の相関関係というのは明白に存在するのであるのは疑いのないところなのだろうが、個別具体的には「肥満であれば、かならず血液検査で異常値がでて、それはすなわち不健康である」ということが、常に成り立つとは限らない・・・ということらしい。

一般的な健康診断の検査結果というのは、あくまでもある一面からみた数字に過ぎないのであって、数字だけで切り取れない現実というものが世の中には沢山ある。
それはビジネスにおいても、そうなのである。
いや、むしろビジネスというのは「利益」という数字を追い求める営みだからこそ、数字で切り取れない現実が大切になってくる。
それがこの本の最大のメッセージなのだろう。

というわけで、今回のお題。

IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ (PHPビジネス新書)

IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ (PHPビジネス新書)

著者の冨山和彦氏については、このブログでも以前、波頭亮氏との共著『プロフェッショナル・コンサルタント』についてとりあげたけれど、まあ要するに企業再生の世界では極めて著名な経営コンサルタントだ。

経営分析というと、まずは売上高経常利益率だの資本回転率だの、要するに「財務三表」(損益計算書=PL、貸借対照表=BS、キャッシュフロー計算書=CS)の数字から「検査結果」を取り出す手法が確率されていて、その分野には類書が山ほどある。
でも、それだけでは、結局、本当のところは見えないですよ、と。

タネを明かせば、経営分析と健康診断という比喩は、本書の冒頭に出てくるのだが、そこで著者はこう語る。

企業も生命体としていき続けるためには、定期健診を受けて、予防したり、潜在的なリスクを回避したりしなければならない。そこで何か異状が見つかれば、さらに精密検査を行い、個別の治療方針を立て、実行しなくてはならない。前者に当たるのが四半期決算や定期的な経営モニタリングであり、後者にあたるのが、まさに本書のテーマである「リアル経営分析」である。

異状やリスクを検出するという目的に加えて、ある企業の「強さ」を分析するときも、数字だけで語りきれないことは沢山ある。
もはや、語りつくされた感もあるけれど、たとえばアップルという企業を語るのに、数字をこねくりまわす前に、創業者について語らなければならないだろう。

新しい市場を切り開いたのもジョブズなら、病気を理由にCEOを退任後ひと月あまりでこの世を去って、アップルの将来に暗い影を投げかけたのもジョブズである。こういう会社に一般的な経営分析の指標をあえはめても意味がない。
 この話を突き詰めていくと、結局、その企業の利益の源泉はどこなのか、というところに行き着く。後づけで説明すれば、アップルの強さの秘密、価値の源泉は、圧倒的にジョブズのスーパーユーザー的な感性にあった。
 要するにジョブズは、自分が使いたいものをつくっていただけで、周りの人が必死になってそれを実現していく。社長のこだわり、わがままを忠実に実現することが強さの秘訣となっていた。

では、そんな「リアル経営分析」を行うには何が必要なのか。
「企業は、経済的に帳尻の合わないことをしていると、いつか潰れてしまう。だから、経済的に帳尻が合う構造になっているのかいないのかを知らなければいけない」と著者はいう。
もっと簡単に言えば、売上―コスト>0 である状態を常に続けていなければいけない、ということで、これは単純すぎるほど単純で、かつ、当たり前すぎる話なのだけれど、これがまた、なかなか難しかったりするのですがね。

それは到底、数字の分析だけで語れる話ではなくて、事業の構造をリアリティをもってみなければならない。
著者が取り扱った実例から、そうした「リアル」な分析の見方をポイントとして語ってくれるのが、本書のウリの一つである。

例えば、LCC(格安航空会社)が成り立つ背景には、航空会社というのは稼働率が高ければそれなりに成り立つビジネスである、という特性がある。
規模を拡大するよりも、ムダがなく稼働率の高い路線を押さえて、かつ、飛行機を無駄なく飛ばすことが大切で、逆に言えば、あれだけ倒産の危機が叫ばれていたJALも、無駄な路線を廃止して業務を効率化すれば、あっという間に黒字化してしまった。

ちなみに、日本の航空会社は、国内の競争密度が低く、羽田という実質的に一つしかないハブから各地を結ぶことで効率的に運営ができるので、国内線のほうが儲かる構造なのだそうである。
アメリカの場合は圧倒的に国内線のほうが競争が激しく、国際線のほうが儲かる構造なのだそうだが。

同じ家電量販店でも、都市にある大型店舗と、地方のロードサイド店では事業の運営の仕方が異なる。
都市の大型店舗はまず家賃が高い分、面積あたりの粗利金額を上げないと事業がなりたたない。
立地がいいから集客には困らないので、とりあえず来店してくれる見込み客にあの手この手で買ってもらう手立てが必要なのだ。
だから、店舗に所狭しと商品をならべて、多くの販売員を投入して・・・ということになる。

一方、地方のロードサイドでやたらと人件費をかけるのは賢いやり方ではない。
限られた店員で粗利をあげるために、チラシを沢山まいて、広い駐車場を作って、ゆったりした店舗に商品を並べるといった店作りになる。

その事業がうまく回転する条件はなんなのか。
たとえば単純に規模の経済が働く業種なのか、そうでないのか。
取引が継続できている条件はなんなのか。系列にはいっているからか、社長の人脈か。
強力な販売員組織がうまく回っているのはなぜなのか。
シナジー効果」とやらを期待した合併が、本当に「シナジー(相乗効果)」を産んでいるのか・・・等々、数字だけで語れないことが、ビジネスには多すぎるのだ。
そこを語れるようになるには、著者の言うように、仮設と検証を繰り返し、場数をふんでいくしかない。


もっと、これらは全て「応用編」の話であって、基本の数字が読めることが前提であるのは言うまでもない。

基本をないがしろにしてはいけない。そもそもPLとBSの違いがわかっていない人が多いのが現実だ。
 政治家もBSの意味を取り違えている人が少なくない。何かあると、すぐに「内部留保を吐き出せ」という人がいるが、BSの右側だから吐き出しようがない。BSの右側は、どこからお金を調達したかを書いてあるだけで、すでに調達したお金は左側の資産に形を変えているわけで、使った結果が左側の資産となって並んでいる。
(中略)
マスコミの追求がときに的外れなのは、彼らもあまりわかっていないからだ。経済部の記者なら、最初に簿記を叩き込めばいいのに、そういう勉強はしない。

ま、さらに言えば、コンサルタントの世界にも、その辺怪しい人が散見されるような気もするな。
まあ、このブログの中の人も、けして“強い”わけではないのだけれど(汗)

このように会計制度も財務三表も万能ではない。だが、簿記会計が、人類史上、最高の発明のひとつであることは間違いない。現状でこれ以上に便利な道具はないのだから、本質を理解し、限界を認識しつつ、上手に使いこなすことが重要。制度や手法といった奴隷になってはいけないのである。

上手に使いこなすことが重要、というのは、習熟して使いこなしている人の発言だよなあ。
やっぱり会計の知識を少したな卸しする必要があるなあ・・・と個人的な感慨になってしまうわけだが。

本書の終章では、仮想の企業の財務諸表の数字を見ながら、実際の事業のあり方を想像するシュミレーションを、著者がやってみせる。
財務諸表から、「こういうビジネスだったら、原価これくらいで、一日これくらいの仕入れをして、これくらいの人数でやっているのかな?」という仮説を立てていく作業である。

数字の背後にどれだけリアルを想像できるか。
そしてその想像が本当に「リアル」なのかどうかを、きちんと裏付けられるかどうか。
どうやら、センスのあるビジネスパーソンというのは、つまりそういうセンスのある人をいうのではないだろうか。
そんな、気がしたのでありました。

そうそう、書名にある「IPGI」とは、「Industrial Growth Platform,Inc.」の略。つまり「経営共創基盤」の英文略称です。ちなみに。