モノマネも、一流だったらいいんじゃない? ―『模倣の経営学』井上龍彦著

最近はそうでもないのかもしれないが、どうも、このブログの中の人が子供の頃には、学校の先生の中に「オリジナリティ信仰」のようなものを強く持っていた人が、多かったような気がする。
それが全国的な傾向なのか、たまたまそういう先生に教わる機会が多かったのかはよく分からないが。

たとえば、作文の指導なんかでも「自分らしく」「自分の言葉で」「自分の気持ちを素直に」書くことをやたらと強調したりする。
それはそれで、もちろん大切なんだろうけれど、でもやっぱり、作文の基礎の基礎というのは、まずは人の書いた文章を真似ることじゃないのかなあ?・・・というのは、だいぶ大人になってから感じたことで、その思いは年齢を重ねるごとに、強くなっている。
まあ、そうなると、まだまだこのブログも、もっともっとマネを極めて書かなきゃいけないなあという話になるのだが、そんな話はとりあえずおいておこう。

オリジナリティを発揮するって、難しいことなのだ。
そんなものは、多分、ごく一部の、選ばれた人たちにしかできないことで、フツーの人たちにとっては、まずはマネをすることから始めるしかない。
そして、ビジネスだって、そうだよね・・・というのが、今回の取上げる本のテーマである。

模倣の経営学 偉大なる会社はマネから生まれる

模倣の経営学 偉大なる会社はマネから生まれる

スターバックスドトール・コーヒー、グラミン銀行、サウスウエスト航空、セブンイレブン・ジャパン、ゼロックス・・・と、これらは皆、本書の中でビジネスモデルを分析されている企業なのだが、ビジネス書を多少は読みかじっている人ならば、けっこう御馴染みの名前が多いのではないだろうか?

これらはどれも、「新しいビジネスを創出した」という文脈で語られることの多い会社だけれど、でも、それだって、たどっていけばヒントとなる先例があったわけで、ある意味で模倣から始まっているんだよ、と著者は分析してみせる。

たとえば、スターバックスはイタリアのバール、ドトールは、フランスのカフェとドイツのコーヒーショップを、それぞれ自国に導入しようと奮闘した努力によって生まれた企業であって、その意味で模倣ですよ、というわけだ。

そして、本書では模倣(モデリング)のやり方を4つに分類して見せるのだが、これは文章で説明するとややこしいので、図を引用してしまおう。

この中で、「単純模倣」というのは、「同業他社の優れたモデルをそのまま真似る」ということである。
今、日本でも話題の「LLC(ローコストキャリア=格安航空会社)」の原点は、アメリカのサウスウエスト航空なわけだが、それをヨーロッパでそのままマネして成功したのがライアンエアやエアアジアなわけで、これは未成熟市場にあって、他で成功したモデルを真似すれば成功する、ということでもあろう。

で、そのサウスウエスト航空は、それまでの大手航空会社を「反面教師」にする、つまり、ほかの会社のやっていたことを否定することで、「逆のやり方で出来ないか」と考えた結果、成功したわけだ。

バングラデシュで、貧しい人たちへの小額融資(マイクロファイナンス)を成功させたグラミン銀行も、既存の銀行を反面教師とすることで成功した、と著者は言う。

ユヌス氏(グラミン銀行創設者のムハマド・ユヌス氏。引用者注)は、グラミン銀行のアイデアをどのようにして思いついたか尋ねられたとき、「一般の銀行のやり方をよく見て、あらゆることを逆にしてみたんですよ」と答えるという。「実際、それは本当なのである」と彼は強調する。<中略>
異業種の他者を反転させたとしても、自社とまったく関連のないモデルができる可能性が高い。<中略>
もちろん、誰にでも反面教師のモデリングができるわけではない。
ユヌス氏の場合、銀行業務の実務に精通していなかったことが幸いした。担保を取らず、あえて貧困層を対象に小額決済を行うというのは、普通の銀行マンには思いつかない発想である。

さらにいえば、グラミン銀行の場合、なによりもまず、貧しい女性を自立させるためにはどうしたらいいか、という強い思いがあって、ビジネスモデルは、その思いを実現するために作られたものであるのだけれど。

自社内の模倣としての横展開の例としては、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)による使い捨てコンタクトレンズ(「ワン・デイ・アキュビュー)の例などが挙げられている。

元々J&Jは、使い捨ての医療用具を多く製造・販売していた。
コンタクトレンズ大手が取り組まなかった「使い捨て」というアイデアコンタクトレンズに適用できたのは、その技術の蓄積があったから、というわけだ。

そして自己否定。
本書で取上げられているのは、映画『マネーボール』の題材ともなった、オークランド・アスレチックス
つまり、それまでの大リーグの常識を否定して成功する話なのだが、興味ある方は検索してみていただきたい。


そして、模倣のタネは、この基本類型にとどまるものではない。
クロネコヤマトの宅急便が小口の荷物に集中するに当たっては、「牛丼に集中する吉野家」がヒントになったそうだし、かの、トヨタ生産方式の「必要なものを必要なだけ」という発想は、「スーパーマーケットの棚から買いたいものを買いたいだけ選ぶ」というところにヒントを得たのだという。

さて、著者は、そうした「模倣(モデリング)」の方法論を説く中で、日本の芸事に古くから言い伝えられてきた心構えに注目する。
それは「守破離」というヤツだ。
これを簡単に言えば、まず、師匠の教えを守る。徹底的に師匠の言うとおりにやる。
その次は、あえて教えを破ることで、次の段階に進む。
そして、最後は自由に発展させていく(教えから離れていく)・・・ということだそうな。
なるほどねえ。

他にも「模倣しやすそうに見えるKUMON式(くもん、いくもん!)のやり方が、なぜ模倣できないのか」といったトピックも、なかなか興味深い。
実際、いままで模倣しようとした人/企業は、そこそこあるのに、いまだ成功例は無いのだそうだ。
そして最終章では、「目的はなにか」「何を模倣するのか」「いつ、どこの誰から、どのように模倣するのか」という「模倣の作法」について考察しているのだが、その辺に興味が湧いた方は、是非原本を。

そして、最終章の末尾あたりには、ユニクロ柳井正氏の次のような言葉が引用されている。

ユニクロは斬新な成功モデルといわれますが、私のアイデアは別に斬新なわけではありません。事実、1980年代に、米国ではリミテッドやギャップ、英国ではネクストのような、新しい形態の衣料事業が対等してきており、それを見て日本でも同じようなことを考えた人はたくさんいたのではないでしょうか。でも、私たちだけが実現できたのは、“実行力”の差でしょう」

う〜む、ある意味、ミもフタもないというか、怖いことをおっしゃるなあ(笑)
いくら、模倣すべき素晴らしいモデルがあっても、それを「きちんとマネする」実行力がなければ、意味も無いということか。




ところで、本書のあとがきには、こんなことが書いてある。

本書でも登場する、大野耐一氏の『トヨタ生産方式』、小倉昌男氏の『小倉昌男 経営学』、鳥羽博道氏の『「勝つか死ぬか」の創業記』、ハワード・シュルツ氏の『スターバックス成功物語』、ならびにグラミン銀行設立者の『ムハマド・ユヌス自伝』などは、その時々の空気を感じさせる名著である
 本人が書いたものでなくても、丹念な取材から、臨場感溢れる経営の様子を描き出した良書もある。〈中略〉、セブン-イレブンの生い立ちについて尾方知行氏がつづった『セブン-イレブン 創業の奇蹟』、公文教育研究会の海外への展開についてフィールドワークを行った木下礼子氏による『寺子屋グローバリゼーション』、密着取材をベースにスポーツマネジメントを語ったマイケル・ルイス氏の『マネー・ボール』、博士論文の調査をきっかけに100人以上のインタビューを行い、サウスウエスト航空の生誕と発展を描き出したフライバーグ夫妻の『破天荒!』などである。

著者は、これらの本に丹念にあたって、本書を書き上げたようである。
なるほど、ビジネス書業界のビックネームが次々登場するわけだ。

え? そうすると、経営やビジネスの現場ではなくて、本の世界だけでくみ上げられたリクツってこと?
いえいえ、それだって、いいんだと思う。多分。
1人の人間が、それほど多くの「現場」を体験できるわけではないのだし、いくら現場を体験していても、また、いくら本を読んだって、それを貫きとおす「視点」がなければ意味が無い。
また、「視点」に意味があるのならば、それは、多少「現場」から離れていたとしても、その視点自体に価値があるのだと思う。
そうでなければ、僕らが本を読んで考える意味だって、なくなってしまうのだから。

なんか、ちょっと偉そうな締め方になってるな(汗)

※2012年3月25日修正。鳥羽博道氏の著書が『「勝つか死ぬか」の創業期』となっていましたが、『「勝つか死ぬか」の創業記』ですね。変換ミスですので修正しました。