明るい未来か? 大変な世の中か? ― 『ワーク・シフト』リンダ・グラットン著

何の自慢にもならない話なのだが、このブログの中の人は、複数回の転職を繰り返している。
これは、なんだかんだいって終身雇用が「普通」ないしは「理想」と考えられがちな今の日本の社会にあっては珍しいことのようで、ごくまれに、なんだか「凄いこと」のようにとられてしまうこともあったりする。

たしかに、それが、なにか果敢にステップ・アップしていったり、引き抜かれたりというような話であれば「凄い」のかもしれない。
が、しかし、そんなカッコいい話ではなくて、たとえば、勤務先がリーマン・ショックのあおりを受けて以降低迷が続き、結果としてやむを得ず・・・とか、そんな話だったりするわけだから、いや、本当に、なんの自慢にもならない話ではある。(って、しつこく繰り返すこともないのだが)。

いや、むしろ、あれですよ。今は安定しているあなたの会社だって、もしかすると・・・なんて意地悪い視線を持ってみたりもするわけだが、実際、この「失われた20年」くらい、やれリストラだ人員整理だと、終身雇用を脅かすニュースは繰り返されているわけで、不安に思っている人も多いことだろう。

そして、いろんな意味での「働くこと」への不安は、なにも日本に限った話ではなくて、世界的にも関心の高い話題らしい。

で、これからの「働き方」はどうなるのか、一つの方向性を示してあげましょう、というのが、今回の本のテーマである。

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

(↑上の画像や書名はamazonにリンクしています)

著者はロンドン・ビジネススクールで教鞭をとる女性経営学者。フィナンシャルタイムズで「仕事の未来を予測する識者トップ200人」に選らばれた、のだそうだ。

冒頭の一節にこの本のテーマや問題意識は凝縮されている。

過去20年間の働き方や生き方の常識が多くの面で崩れようとしている。朝九時から夕方五時まで勤務し、月曜から金曜まで働いて週末に休み、学校を卒業してから引退するまで勤務し、月曜から金曜まで働いて週末に休み、いつも同じ顔ぶれの同僚と一緒に仕事をする ―― そんな日々が終わりを告げ、得体の知れない未来が訪れようとしている。
 その得体の知れない未来について、私は知る必要があった。それは、私に、問いを投げかけた人たちにも、そして、この本を読んでいるあなたにも必要なことだ。

そして、2025年、私たちの働き方はどうなっているのか? という予測と、その変化にうまく対応するための処方箋を示しましょう、というわけだ。

以下、本文では、まず、
第1部で働き方の未来に影響を与える5つの要因(テクノロジーの進化、グローバル化の進展、人口構成の変化と長寿化、社会の変化、エネルギー・環境問題の進化)について、分析し、

第2部で、これらの変化がマイナスに作用した場合の「暗い現実」、第3部でこれらの変化をうまく利用し、対応した場合の「明るい日々」と、それぞれの仮想ストーリを示し、

第4部で「明るい日々」を迎えるために働き方をシフトする方法について述べましょう・・・とまあ、全体の構成はこんな感じ。

400ページちかい厚さの本だが、きわめて具体的な記述やストーリーを織り交ぜているので、厚さほどには読むのに時間はかからなかった。けっして内容が薄いというわけではないのだが。

最初に取り上げられる5つの要因は、総計32の要素に細分化されているのが、それはたとえばこんな感じだ。
要因1 テクノロジーの進化
テクノロジーが飛躍的に発展する・世界の50億人がインターネットで結ばれる・「ソーシャルな」参加が活発になる・バーチャル空間で働き「アバター」を利用することが当たり前になる・・・。

最後のアバターは、たとえば世界に散らばっている同僚たちが、サイバー空間で、アバターで会議をする・・・みたいなイメージと思ってもらえばいいだろうか?
果たして、本当にそうなるのか? と思う一方、この15〜20年くらいのテクノロジーの進化(デジカメ、ネット、携帯端末、クラウドSNS等々)に、さらに加速度がつくだろうことを思えば、あながち「夢物語」ではない、という気はする。

まあ、ほかにも、新興国の台頭とか、年齢構成の変化や、寿命が長くなることによって、生産的な活動に携わる年数が飛躍的に延びるとか、エネルギーの枯渇とか、まあ、ここの問題はそれぞれに語られていることだが、「働き方に影響を与える要因」という切り口で整理し一覧で見せられると、また新たな発見がある、ような気がしてくる。

そうした要因が「暗く」作用するとどうなるのか?

たとえば時差のある世界中から、情報が集まり、それを次々とさばいていかなければならないために、24時間、細切れの時間を働かなければいけなくなったり、(これは、メールのお陰で忙しくなったり、ネットの発達で移動中や休みの日も仕事ができるようになってしまったりしている、現代の延長線上の現象だ)
あるいは、家族関係が多様化したり、世界中に家族がちらばってしまうために、孤独にさいなまれたり、
あるいは、グローバル化に取り残された貧困層があちらこちらに出現したり、ということになる。

これは、日本で言われている「格差社会」の話とも通じる論点なのだろうが、グローバル化は、これまでのような「豊かな国・地域」と「貧しい国・地域」という垣根を壊していく働きをする。

現在、経済発展から取り残されている貧困層は、サハラ砂漠以南のアフリカなど一部の地域に集中しているが、グローバル化が進み、世界がますます一体化すれば、先進国も含めて世界中のあらゆる地域に貧困層が出現する。

未来の暗い側面の一つは、貧しい国だけでなく、先進国でも経済的繁栄から締め出される人が珍しくなくなることだ。<中略>
とりわけ優秀な人材は次第に出身国を飛び出し、自分と同じような考え方と専門技能・能力の持ち主が集まっていて、豊かな生活を期待できそうな土地に移り住むようになる。その反面、収益性の高い産業が育つ余地がほとんどない地域も出現する。

本書の趣旨からはちょっと離れるのだけれど、日本という国にひきつけて考えると、そこはこれまで「そこに住んでいること・そこの国民であること」で、ある程度の豊かさが享受できる国だったのだが、まあ、それが、いやおうなく崩れていくということだろう。

もちろん、暗い話だけではなくて、ネットのつながりを生かして、世界中の人と協力して社会問題に取りくんだり、小さな企業でも新しいビジネスに取り組んだり、今までにない価値観を模索する道もある、というわけだが、では、そういう明るい道を進むためにはどうしたらよいのか?

それがつまり、著者の言うところの「働き方のシフト」なわけだが、それは、以下の3つ、だそうな。
無理を承知で簡単にまとめると、こんな感じだろうか。


1 ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ。
たとえば、かつて大企業で出世するためには、その会社のことを広く浅くこなせる「ゼネラリスト」になる必要があったわけだが、そんなものは今後は求められなくて、なにか核となる技能があって、それをさらに、そのときの状況や自分の関心にあわせて、移行・脱皮させていく、ということ。

2 孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ。
いろいろなレベルで協力したり、協同したり、あるいは心の安定を得るための人的ネットワークをそれぞれに持ちなさい、ということ。

本書では、以下の3つを作ることを推奨している。

「ポッセ」=少人数のグループで声をかければ力になる集まり。専門技能や知識がある程度重なり合っている必要がある。なんか、仕事で困ったときに電話かけるといつでもアイデアくれたり相談にのってくれたりする人、というイメージ。

「ビッグ・アイデアクラウド」=いろいろなアイデアやヒントをくれるような、比較的大きなゆるい集団。自分とは違う分野や考え方の人たちがたくさんいたほうがいい。

「自己再生のコミュニティ」=仕事のため、ではなく、一緒に食事をしたり、冗談を言って笑いあったり、(あまり好きな言葉ではないが)癒しのためのリアルな人間関係。


3 大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ

すべての時間とエネルギーを仕事に吸い取られる人生ではなく、もっとやりがいを味わえて、バランスのとれて働き方に転換すること。

・・・とまあ、結構駆け足でここまでまとめてみたが、どうだろうか?
このブログの中の人の感想としては、「まあ、おっしゃることは分るけど・・・」という感じだろうか?

まず、最初のほうにでてくる、さまざまな「要因」については、まあそうだろうな、という気がする。
「予測」となると、もちろん正確には無理だろうが、一つの方向性として「まあ、そんな風になるだろうな」と思えるだけの説得力はある。、
そして、「暗い未来」を生きざるを得ない人も出てくるだろうし、「明るい未来」を生きる可能性を手にすることもできるだろう。

で、「明るい未来を得る」ための方法論。これは、「そりゃ、それができりゃいいだろうけど、これがなかなか・・・」というのが率直なところではないだろうか?
明るい未来、というより、やれやれ、大変な世の中がくるぞおい、と思う人のほうが多いんじゃないかと思う。

「ゼネラリストから『連続スペシャリスト』へ」と語る章で、専門技能のなかでも2025年に向けて有望なもの、というのが上げられているのだが、これが「1.生命科学・健康関連、2.再生エネルギー関連、3.創造性・イノベーション関連、4.コーチング・ケア関連」とまあ、具体的な説明は省略するけれど、どれもそれなりにハードルが高い。

実は、この本をテーマにして読書会に参加したのだが、そのなかで、「もう自分間に合わないので、子供には、子供にはこの本を手引きにして・・・」というような意味のことをおっしゃった方がいた。
まあ、そういうことかもしれないですね。

ところで、ちょっと余談になるかもしれないが、人口構成や社会のあり方、先進国と途上国の関係などが変わることによって、働き方が変わる・・・というのは、晩年のドラッカーが『明日を支配するもの』『ネクスト・ソサエティー』あたりで語っていたことと記憶する。(今手元に本がないので、うろ覚えだが)

もちろん、ネットの未来とかSNSとかそんな話まではしていなかったが、寿命が延びる一方で先進国で少子高齢化が始まり、年金も今のままでうまくいかなくなってかなり高齢まで働かなきゃいけなくなり、一つの会社に定年まで勤めるだけでなくて、多様な働き方が云々、ということを90年代には語っていたはず。
やっぱ、はんぱねえな、ドラッカー・・・って、別にそれが今日の結論ではないのだが。